斧を構え、思いっきり振り下ろす。
力任せの全力の一撃に、
大した技量は必要ない。
ただ、当てる。
それだけに特化された一撃。
葬送服を着て、
斧を担いでいるから、
葬儀人だとか、
酷い時には処刑人などと言われる事もあるが、
別段そんな事はなく、
そもそも傭兵等のように闘う為の訓練を受けた訳でもない。
私はちょっと力が他の人よりも強くて、
仕事探し中のなんでも屋である。
大体の事は人並み以上には出来るし、
特段お金には困っていないし、
依頼もないので暇を持て余していた。
だからこそ、この一揆に参加した訳だが――
「――参加したのは、
　まぁ、
　私の意思だから仕方ないとして、
　何処で間違えたのか……」
斧を振るう。
自分に出来る戦いは、
このシンプルな一撃と、
持ち前の頑丈さと我慢強さ。
だけど、
足りない。
自分は一般人でしかないからこそ、
一揆に参加した際、
仲間を募ろうと考えていた。
自分に必要なのは戦闘経験が豊富な人と、
後ろで支援してくれる人。
回復も出来れば最高なんだけどなぁ。
更にカッコいい男の人でもいればとも思ったが、
そこまで上手くいくほど自分の運は良くないので、
選り好みはしないつもりだった。
「……
　自分の運の悪さを計算にいれてなかったのが、
　最大の間違いだったと思う。
　うん。」
そうして、
仲間探しを始めると、
微笑ましい二人を見かけた。
片方は何か見覚えがある子で、
小さくて可愛いから、
間違ってても人違いでしただし、
知ってる子なら別にいいやと気楽な考えで手を伸ばし――
私は最大の過ちをおかした。
撫でようとした子は確かに知り合いだったし、
そういえば不用意に手を出したら喰われそうになったのも仕方がない。
彼女の事を即座に思い出せなかった自分が悪いのだから。
だが、
彼女と微笑ましい行動をとっていた、
もう一人いた人物――伊賦夜魅月こそが問題の人物である。
自分を喰おうとしたエモーション・イモータル、
エモさんはまぁいい。
だけど、
まさか彼女とほんわか空気をかもしだしてた学生らしき女性が、
ここまで酷い性格だなんて予想外も良い所である。
どんだけ自分は運が悪いのか。
最初はただの天然ののんびり屋かと思っていたら、
物凄い黒いし、怖いし。
しかも気がつけば仲間は４人揃っていた。
来る人拒んだら悪いし、
断り辛い雰囲気だし、
口を出さずに諦める事にしたけど、
どうみても戦闘経験が薄く、
自分が頑張らないとどうにもならなさそうというか、
自分が一番頼りになりそうという不具合である。
無手の学生服の女性、
ぬいぐるみ、
少女にしか見えない精霊に比べ、
真っ当な武器を持っているのが私だけの時点でお察しである。
更に話を聞けば、
既に実力を知ってるエモさんと、
後方支援、それも回復の出来るぬいぐるみのペルチェさんはいい。
可愛いし。
でも、
よりにもよって魅月さんに至っては戦えないと断言しやがりました。
――今から戦おうとするその時に。
もっと早くに聞いておけば良かったとも思うが、
一人で突撃しろとか無茶いってきた辺り、
この人に関しては色々諦めた。
思いっきり荷物だこれー！？と。
なんで一般人の私が、
こんな過酷な状況で護衛しなきゃいけないんですかねぇ……
と神を恨んだりもした。
実際問題その時初めて組んだ戦った時も、
問題の魅月さんは本当に何もしてないように見えた。
だが、それが違うとその身で分かったのは、
彼女と対峙したその時だった。
なぜ彼女の言葉に逆らう気がしないのか、
抗おうとしないのか。
――確かに彼女と自分では、
身体能力は段違いに私の方が高い。
それはどんな技量をもってしても埋められない程に。
正直な話、
目をつぶって片手で闘っても勝てるくらいの差がある。
霊を操ると言っても、
自分がそれを実感してない以上、
それがどれほどのものなのか分からないし、
ただ不死身なだけの女の子。
更に言えば、
その不死身もとても痛々しくて見ていられない。
だから――
私は理解していなかったし、出来なかった。
彼女が戦い慣れをしていて、
それを補う方法があり、
更に――霊を操る事の強みを。
その結果が、
自分の突撃をいなされ、
倒され、
気がつけば喉をしっかりとつかまれていた。
振り払おうと思えば振り払える。
確かにこれ以上続けたら私が勝っていたかもしれない。
けれど――
「……。」
心を落ち着け斧を振るう。
どうしょうもなく乱されるその心を落ち着けるように。
そして今日――
ただこの斧を振るってやる事をやるだけと思っていた私は、
迷ってしまった。
他の三人は迷いもしなかったというのに。
本当に頼りにならないのは誰？
本当に覚悟を決めていなかったのは誰？
悩むなんてらしくないとは分かっている。
けれど――
誰よりも覚悟が無いといいながら、
誰よりも適当だといいながら、
そして、誰よりも――他人に関係無い態度を貫きながら、
――なんだかんだでしっかり支えてくれる魅月さん。
それに比べて――
「……ッ！」
分かってる。
これは八つ当たりだという事は。
本当に自分は運が悪い。
どうしょうもなく、
自分らしくなくさせてくれる彼女と出会ってしまったのだから。
「――鍛錬かしら？」
そうしてどれくらい斧を振っていたのだろう。
気がついたら後ろから魅月さんの声がした。
「ん。
　まぁ……振っとかないと落ち着かなくてね。
　それにしてもいつの間に？」
「ついさっきよ。
　あら、嫌な所みられたって顔してるけど、
　何かあったのかしら？」
「へ？」
斧を振って無心に帰って、
いつものように笑って対応したと思ったのに、
予想外の事をいわれ、
思わず顔に手をやると、
魅月さんは唇の端を吊り上げて――
「冗談だったのだけど、
　心当たりでもあったのかしら？」
魅月さんの放った言葉に私はまんまとつられた事に気付いた。
「え、あー、そのー……」
かといって正直にいえるはずもなく、
言葉を濁していると、
「――頼りにしているわ。」
囁くような声が私へと届いた。
その言葉は嬉しいけど、
魅月さんは知っているんだろうか？
何を悩んでいたのかを。
それくらいに符号したその言葉に、
思わずじっとこちらを見つめてくる魅月さんの視線を受け止めきれず、
逸らしてしまう。
「――ふふ、
　どうかしたのかしら？」
「あ、いや、
　うん。
　……なんていうか……」
「護ろうって意気込んでいたら、
　自分で護れるのか心配？
　それとも……
　護る必要なんじゃないのかとか考えた？
　だとしたら……
　自分は必要じゃなくて――
　もっと力ある人と変わればとか？」
「……うん。」
からかうような様相とは裏腹に、
自分の悩みを当てていく魅月さんに、
私はただ頷くしかなかった。
――折角忘れていたのに、
本当に性格が悪い。
「まぁ、だとしたら馬鹿ね。
　と言わざるを得ないのだけど。」
「へ？」
だが、
予想外の言葉に頭が真っ白になる。
まさかそういわれるとは思ってなかった。
そうね。
とかいわれると思っていたから。
「当たり前じゃない。
　一番頼りにしているし、
　頼りになるのは貴方しかいないんだもの。」
「いやいや！
　でも、ほら、さー……
　私ただの女の子だし。」
「――だからよ。」
「んん？」
更に理解不能な事に、
私がただの女の子だっていうとだから頼りになるとか言われた。
正直いって、
魅月さんが何を言ってるのか全く理解出来ない。
「――貴方が普通の女の子で、
　力を持っているから、頼りにしているの。
　私とエモさん、そしてペルチェさんの三人では駄目。
　――特異な三人だけでいると、
　特異性に引きずられて、
　私が普通ではいられなくなるかもしれない。
　そして、
　私達三人では駄目よ。
　貴女は強いわ。
　その力と頑強さには目を見張るものがあるし、
　それしか出来ないというのはとても強い事。
　器用でいろんな事をこなし、
　戦いでは一点特化。
　私達三人の欠ける所をただ一人補える。
　貴女以上の人材はいない。
　保障するわ。」
「……」
「……」
聞いてる私が赤くなりそうな台詞を、
真顔で静かに告げる魅月さんに、
呆気にとられる。
魅月さんらしいといえばらしい。
だから、
私も私らしくここは返答すべきだろう。
「しょうがないなぁ。
　そこまでいうなら私ももっと頑張らないとね。
　どんな敵でもこの斧で一撃で薙ぎ払ってみせるよ。
　力任せに叩きつけるのなら誰にも負けないからね。
　乙女の実力見せてやる。」
「乙女というよりは漢前ね。」
「漢前とかいわれてもあんまり嬉しくないんだけど！？」
「まぁ、一番の理由はからかうのが楽しいからね。
　これだけは譲れないわ。」
「酷！？
　私の感動返してくれない！？」
くすくすと笑う魅月はいつものように飄々として、
とらえ所がない。
けれど、軽口を叩いてくる辺り、
この話は自分からは何か行動を起こすか、
また自分が落ち込んだりでもしない限り、
触れてくる気はないんだろうなぁと、
おぼろげに感じる。
「返す訳ないでしょう。
　――ま、貴方は今の顔の方がいいわ。
　悩んでるのは似合わないし、
　なにより――
　あなたの感情顔に出やすいのよ。」
「悪かったね。
　――魅月さんと違って素直なんだよ。
　私は。」
「あら、私も素直で可愛らしい女だと思うのだけど。」
「嘘だッ！！
　どうみても真逆じゃないですか！
　やだーー！」
皮肉のつもりで放った言葉が、
剛速球で帰ってくるのはいかがなものか。
どう考えても素直とも、可愛らしいとも全く考えられない。
彼女と比べたら、
私の方がはるかに似つかわしいと思う。
特に素直な所は。
「そこまで強く否定されると傷ついてしまうわ。」
ドチクショウ。
だというのに私の全力の否定に対し、
全く傷ついていないのに、
傷ついてしまうとサラリと言ってくる辺り、
本当にこの人ドＳだよ。うん。
もう、
用件だけ聞いて切りあげよう。
これ以上話しているとほんと何されるか分からない。
「良くいうよ。
　――で、結局何の用なのかな？
　ただ喋る為だけに来た訳じゃないよね？」
だから、率直に切り出す。
だが、それに対する魅月さんの返答は予想外だった。
「ただ喋る為だけど？
　ご飯に関してもまだ時間あるし、
　貴方が食材持ってこない事にはだし。
　野営に関しても問題なし。
　特段用は無いわよ。」
――まさか私と本当に話す為だけだとは思って無かった。
これはひょっとして、
暇だから私をからかう為に来たんだろうか。
なんていうか、酷い。
うん。
魅月さんは酷い。
これはゆるぎない真理だと思う。
「ソウデスカ。」
ため息が思わず出る。
まぁ、本当に早く話を切り上げよう、
そんな私の耳が、
魅月さんの小さな呟きを捉えた。
「――まぁ、これでも色んな人を見て来てるし、
　迷いや悩みで苦悩する人は分かり易いのよね。
　特に表情に出てたら。」
「……へ？」
その小さな呟きの内容を聞いて、
思わず驚いて声が出た。
そんな事をいうだなんて予想外だったから。
聞き間違えたかと思って首を傾げてみた。
「……ん？
　どうかしたのかしら？
　ま、そろそろ戻るわね。
　――食料の調達、よろしく。
　ご飯抜きでいいなら良いわよ。
　その場合エモさんをけしかけるけど。」
「ちょ、洒落にならないんでやめてくださいませんかねぇ？
　――今から狩ってくるよ。
　すぐに持って行くから。」
「楽しみにしているわ。」
が、やはりというかなんというか、
魅月さんは私の疑問に答えてくれるはずもなく、
手を振って野営地へと戻っていく。
もう本当に運が悪い。
本当に嫌な奴ならよかったのにと思う。
言動が酷いし、
ドＳだし、
被害が思いっきりこっちに来る事が多い割に、
不意打ちのように嫌いになれない行動を入れてくる辺り、
本当に性質が悪い。
何だかんだで割と気に入ってる自分がいるのも含めて、
どう考えても魅月さんの思惑に完全にはまっていると思うのだが、
抜け出せる気もしないし、
それが分かっていても嫌いにはなれない。
なんでこんな人と出会ってしまったのか。
神様を呪いたい。
けど、出会わなかったら出会わなかったで、
今の楽しさも得れなかった事を思うと、
神様を呪うのは筋違いの気がする。
こういう時、
何を嘆けばいいだろう。
やっぱり自分の運の無さと、
それを助長する世界に対してだろう。
せめてこれくらは許されてもいいと思うし。
「世の中上手くいかないなぁ……
　もうちょっと私に優しい世界でもいいんじゃない？
　――ま、楽しいからいいんだけどさ。」
だから、そう呟いて斧を担ぐ。
思考を切り替えて言われた通り狩りでもしよう。
しっかり食糧を集めたら、
美味しい晩御飯が私を待っているのだから。
――しかし……
今日の晩御飯はなんになるんだろ？