水辺も、砂地も、森も、山も、それから城の中まで回って来たが、やっぱりこの庭が一番過ごし易い環境だとファルクレイは思う。
　兵士が倒れる寸前に呟いた名前の人物が現れることを危惧し、庭を迂回することを決めたのも、もう随分と前の話だ。迂回したその日のうちに当の本人に撃退された人間が出た、という話を聞いたときには本当に肝が冷えた。
　それから今日に至るまで、人狩りにも会わず、負けを見るような凶悪な敵に会うでもなく、日々を安穏と過ごせて来た――筈だ。兵士以外にも一度くらいはちらりと城側の人間を撃退した記憶があるが、あれに関してもさして苦労をしなかった。噂に聴く凶悪な手合いと出会うのに至っては、まだ先のことだろう。
　唯一交戦を避けたかった庭園の守護者も、チャチャカが出し抜く道を教授してもらって来ている。
　こうしてうまく交戦を避け、必要に応じて情報を集めて進めば、さほど苦労はするまいとファルクレイは考えていた。
　広庭へ戻って一息入れることを了承したのも、庭園の守護者を避けることができるというただ一点に拠った。

　広庭で一休み、を心底喜んだのはフォルカーだった。
次点で、初めて広庭へ足を踏み入れたエンブリオのチビ。彼は庭が見えて来たときから偉く興奮してクローシェでは手が付けられず、フォルカーの腕にしっかりと抱えられていた。
　チビの次に喜んでいると思われるのが、久々の豪華な食事に沸く子供達だろう。越冬の蝶を追い掛け、アナモグラの巣に顔を突っ込み、散々暴れ回ったチビは食事が出来上がる頃にはすっかりへたっていたが、子供達は逆に出来上がりが近づくにつれてそわそわし始めた。
　作る当人は準備の段階から浮き足立っていて、出来上がりと同時に珍しく満面の笑みを見せる。
　そんな本日の昼食は保存用のビスケットに、戻した豆をたっぷり入れたチリビーンズだった。後者は一旦玉葱を抜いて作り、香辛料を控えめにし、最後に食べる者に合わせて炒め玉葱と追加の香辛料を加えて仕上げるのがフォルカーのお決まりである。
　子供達やエンブリオの為に薄味のチリビーンズを配り、ファルクレイの為に玉葱抜きのチリビーンズを注いでから、フォルカーは慣れた様子でチビにミルクを与えた。チビの腹が膨らんで――比喩表現ではなく、身体の小さなチビの腹は一杯になると本当に膨らむ――、満足そうになってからが、漸くフォルカーの食事の時間だ。
　時間からして味わっているのかいないのか、手早く昼食を終えて片付けを済ませると、次は眠っているチビを脇に置いてクローシェに編み物を教える。
　チビが起きた頃にはおやつの時間で、それが終わると今度は火に掛けてあった夕飯を完成させ、それが済んだら後片付けと読書を挟んで毛布に潜り込む。
　―― 一揆の参加者とは思えないのんびり加減に、ファルクレイはほんのりと呆れた。

　そして翌朝、夕飯の残りであるボルシチにチーズをたっぷりと溶かしてシチューにしたものを食べると、フォルカーはチャチャカとファルクレイに弁当を預けて王城の外へと出かけて行った。物資を貰ってくるというのが理由だったが、これがまた、ずいぶん長いこと帰って来ない。
　弁当を食ったチャチャカが道を偵察しに出かけて行ったのは昼よりだいぶ前のこと、ファルクレイはクローシェに飯を食わせて辛抱強くフォルカーの帰りを待っていた。
　が、待てども待てども帰って来ない。
　完全に飽きてしまったクローシェを尻尾でじゃらしながら待つ内に、日暮れはどんどん近付いて来る。
　そんな中で不意にクローシェが顔を上げたとき、ファルクレイは一瞬、反応を鈍らせた。駆け出した彼女の襟首を噛もうとした顎は空を噛み、結局立ち上がってそれを追いかけることしかできない。
　――面倒なことになった、と思ったときには、既にファルクレイの鼻は視線の先にいる人物の正体に気づいていた。

　クーは微妙な顔をしている………