ファイは目が覚めると、なにもない真っ白な空間にいた。

きょとんとしていると、くいくいと後ろから服を引っ張られる。
振り向くと、そこにはケットシーのにゃーがいた。

にゃーは嬉しそうに言いながら、ファイを見上げている。
そんなにゃーの様子を見たファイは、一つ疑問を覚えた。

にゃーははて、と首をかしげた。
その動作につられて、ファイも首をかしげる。

ファイは困惑したが、にゃーもそれは同じであるようだ。
嘘をついているようにも見えないので、ファイは疑問を放置することに決めた。

何一つ自分の質問の答えが出ないことに対して、ファイは苛立ったようだ。
少しだけ頬を膨らませている。

勝手に歩み出すにゃーの後を、ファイは慌てて追う。
しばらく歩いていると、目の前に赤茶色のドアが見えてきていた。

ドアを開ける。その先は、壁一面にいろいろな写真が掛けられた廊下だった。

ファイの文句を聞いたにゃーは、強く言い返す。

いくら質問をしても答えは返ってこない。
それを理解したファイは、にゃーについて行きながら、壁の写真を見始めた。
どの写真にも髪の長い少女が写っている。けれども奇妙なことに、その少女が笑っていることはなく、
常にむすっとした表情ばかりが写っていた。ファイがそれに気づくことはなく、物珍しそうに色とりどりの写真を眺めている。

いつの間にか、目の前には藍色のドアが存在していた。
どのくらい歩いたのだろう。ファイはそんな風に思ったが、聞いても意味がないと
気付いていたので、無言でにゃーの指示を待った。

ファイは慎重にドアノブを回す。
次に見えた景色は、なぜか黒い霧のかかった花畑だった。どの花も綺麗なはずなのに、霧のせいで見えづらい。

そう言って、にゃーはどんどん足を前に進めていく。
元々黒い毛並みのにゃーを、この黒い霧の中で見分けることは困難だ。
ファイはすぐに追いかけようとしたが、にゃーの姿は見えなくなってしまった。

うろうろと周りをさまよい始める。しかし、どこにもにゃーはいない。
ファイはもはや、自分がどこにいるのかすらわからなくなっていた。

足を止めて考えても、ファイにはどうすればいいのかわからない。そうして困り果てていた時だった。

目の前にようせいが現れた。その身体は、きらきらと輝いている。
思わずファイがそれに見とれていると、クスリとようせいは笑った。

ここにきてから、ファイは初めて笑顔を見せた。それにつられてようせいも微笑む。

解放されることに喜びを感じているらしい。ファイは笑顔を作りながら、嬉しそうに言った。

にゃーと違いようせいは光り輝いているので、姿を見失うことはない。ファイは安心して後をついて行くことができた。
そうして歩いているうちに、黒い霧はいつの間にか霧散していた。ファイは先ほどと同じように、色の違うドアを発見する。
今度のドアは、この花畑に似合う緑色だった。

言われるがまま、ファイは躊躇せずにドアを開く。次の空間は、真っ白い部屋だった。
最初の空間との違いは、壁が見えるくらい規模が小さいことと、中央にぽつんとテーブルが置かれていることだ。

言われて、テーブルに目を向ける。するとそこには、日記帳と思しきノートがあった。
しかしそれはファイのものではない。表紙の下に「レイラ・M・ロンデックス」という名前が書かれていた。

ファイは日記帳を手に持つと、ぱらりとページをめくる。
そして文字の羅列に目を通し始めた。





<I2>×月1日
友人に勧められたので、日記を書くことにした。
わざわざ文字に書き留めておく必要性を感じないが、これも文章を書く勉強になるのだろう。
そう思えば、俄然やる気がわいてきた。勉強をすれば母の役に立てるからだ。
母は国の研究機関に勤める科学者で、私よりもずっと頭がいい。私が追いつけるとは思えない。
しかし大事なのは、母の隣に立てるように頭を良くすることだ。
そうすれば、きっと母も喜んでくれる。



△月5日
今日は私の誕生日だった。たくさんのプレゼントをもらった。この中に母が気にいる物があればいいのだが。
ちなみに母は仕事が忙しく会えなかった。
私のために時間を割くなど母に申し訳ないのだし、仕方がないだろう。



――月8日
学校で面倒な課題が出た。親に名前の由来を聞け、と。
しぶしぶ母に聞くと、嫌そうな顔をしながら答えてくれた。やはり不愉快だったようだ。
何でも私は元々双子として生まれる予定だったらしい。しかし早産となってしまい、生きていたのは私だけだった。
母は双子として生まれることを強く希望していたようで、私だけが無事だったと聞いた瞬間に絶望したという。
お前はいらない子だ、双子として生まれなかった不完全な子だ、と叱られてしまった。
そしてこれは学校の課題として提出するなと言われた。当たり前だ。これを書くということは、母の秘密を周囲に晒すのと同じこと。
適当な理由を別に用意するしかない。



○月11日
恋人ができた。相手は私の同級生だ。前から私のことが好きだった、と言われた。
私も彼のことは憎からず思っていたので、告白を受け入れた。
彼のいいところは、母親を大切にするところだと思う。
私もあれくらい母に尽くせるように努力しなければ。と、彼に言うと笑われてしまった。
君の方が母親を大事にしている、と。そう見えるのなら嬉しいが。

母は連日仕事で家にいない。大丈夫だろうか。
たしか今は、人工生命体なるものを作っていると耳にした。
何のためかはわからないが、そんなものを作ってどうするのか。



！月22日
母に実験体になってもらうことをお願いされた。
もちろん私は二つ返事で了承した。二つ返事だったのか？　答えに一瞬迷いを生じていなかったか？
仕方がないのだ。母の頼みを断るなどあり得ない。母は絶対だ。絶対だから私になにをしてもいいのだ。
私は母のために一生を捧げなければならないし母のために頑張らなければならないし母のために全てを犠牲にしなければいけないし母のためにどんなことを受け入れなければならないし
……やめよう。何を書いているのだろう。母のためにすることだから嬉しいはずなのに。
母のお願いを聞けて嬉しいはずだ。そうに決まっている。そうでなければ私は狂っている。



$月27日
ついにこの日が来た。この肉体を捨て、人工生命体――ファイの監視役として生きる。
彼には猛反対されたが、私の意思が変わることはない。
母は喜んでいた。私が今まで見たこともないような笑顔をしていた。
それを見れただけでも幸せだ。本当にそうだったのだろうか
だからいい、これでいいのだ。私は間違っていない。おかしくない。なぜそこまでして自分を正当化する必要が
時間だ。この日記帳は燃やすとしよう。もう必要のないものなのだから。

ひらがなとカタカナしか読めないファイには、内容を理解することができなかった。
27日以降何も書かれていないことを確認すると、日記を閉じた。その途端、ぐにゃりと空間が歪み始める。

思考がまざって、ぐるぐるとぐるぐると、ぐるぐると――
ぷつりと、とぎれた。

ファイはまた目を覚ました。契約しているエンブリオたちが心配そうに顔を覗きこんでいる。
身体はベッドで横になっていた。無事に帰れたようだ。
ちなみに服装はゴシックロリータではなく普段通りのものに戻っていた。
ファイが眠っている間に、ようせいたちが服を取り変えたらしい。

にゃーもにゃーにゃーと鳴き声しか発していないし、ようせいは日記の意味すらわかっていない。ファイはわけがわからず、首をかしげた。

心配そうにしながら、ようせいはファイの顔を覗き込む。

笑顔で言い切ったファイに、ようせいも笑顔で応える。

　顎に手を当て、何かを考え込むような姿を見せる。

少し思い悩むような口調で、自分に言い聞かせるように呟き―――

私が心配されるだなんて本末転倒じゃない。

そう言いながら私は彼の頭を撫でてあげた

尋ねられたエリファスは、まずは消毒液から説明を始める。

魔法少女になれない。と、ショックを受けているあなたに、リシュは優しく語りかける。

だから、一緒に強い魔法少年になりましょう！とリシュはあなたへ屈託のない笑みを向けた。

モクは相手を見据えている……