それから数日間、私は久しぶりに温かい食べ物を食べ、やわらかいベッドの中で眠ることができました。
それら全てのことが新鮮で、ある意味、本当に初めての経験ばかりでした。
特に、食べ物に関しては天地が逆さになるほどの衝撃でした。
私がいた世界では、食べ物は固いか柔らかいか、熱いか冷たいかといった程度の違いはあれど、全て同じ味――というより、味という概念そのものがなかったのです。
しかし今は口にするもの全てに複雑な味の違いがあり、またその組み合わせの妙は私の心を天にも昇らせてくれるのです。
永遠に固定された空腹が癒えることはありませんでしたが、その感動は私を大いに楽しませてくれました。

まるで終わりが来ることを知っていたかのような優しい時間でした。

「決起の時が迫っている」
その日は朝早くから来客があり、夫妻は長い間話し込んでいたようでした。
そして客人が帰った後、彼は私に言ったのでした。
「この辺りはまだマシな方だが、王が変わって以来、不穏な噂ばかりが耳に入るようになった」
彼は何か思いつめているようでした。
表情は険しく、眉間に刻まれた皺はいっそう深くなっています。
「新しい王は貴重な資源を独占するために魔物と手を組んだらしい。それが真実か、虚実かという段階は既に過ぎてしまった。我々は王に直接訴えねばならん。今こそ力を合わせる必要がある」
彼は申し訳なさそうな、それでいて芯に秘めた決意がにじみ出るような瞳を私に向けました。
「そして……謝らなければならない。私は無償の親切心であなたに施しをした訳ではないのだ。我々農民の力はあまりにか弱い。しかし異世界から来た人々は、この元素の世界で強い力を得ることがあるという。我々はここ最近急増している異世界からの訪問者に助力を仰ぐことにしたのだ。だが、あなた方にとっては、我々に力を貸すことで得られるものは何もないかもしれない。だから無理にとは言わない。だがもしも、少しでもこの話が気になったなら、今から言う場所を訪ねてみてほしい……」

そしてその日の夜、彼の家は魔物の襲撃を受けました。
彼と、彼の妻と、そして私はあっけなく殺されてしまいました。
この辺りで姿を見かけるはずのない魔物だと、彼は最期に言っていました。
ほどなくして私の肉体は完全に再生しましたが、私はしばらく地面に寝転んだまま夜空を見上げていました。
心の中には、怒りも悲しみも湧いてきませんでした。