〜前回のあらすじ〜
「私も入って良いのかしら？」
「根っこの泥は落とせよ」
「私はよく入ってましたよ」
「根っこ……は、そうか。ないのか」



「――Repair, これで、直りました」
「ほっかほかだよー！」

昨日、森で大破した歩行温泉。
結局すぐに復旧は出来ずお預けとなったわけだが
今は水辺に移動して修復した後、水も入れなおして完全復活を遂げた。

……温泉と言えるのだろうか。

「まぁ、そんなことよりも早速」
「おい馬鹿待て何をやっている」
「何をって……」

服を脱ごうとしたら、軍曹殿から声をかけられる。
仔犬殿に言うような感じで声をかけられるとは、珍しいな。

「風呂に入るのだが？」
「見りゃ判る。だが、ちょっと待て」
「何を？」
「だから、俺がまだいるだろうが」
「……そうだな」

ああ、なるほど。
軍曹殿は流石に女人が目の前で裸体を晒すのは気恥ずかしいと見える。
だが、流石に私だってそれは恥ずかしい。
だから

「問題ない、さらしと下着は付けたままにするから」
「いやあるだろ」
「そうよ、大有りよ」

むぅ、難しいな。
と、軍曹殿に同調したと思っていた嬢がその後ろまで来た。

「そう易々と肌を見せるなんて駄目よ。先に軍曹さんに目隠しするからそれからになさい」
「いや、そういう問題じゃなくて俺は席をはず」
「それだと仔犬が一人になって心配がるでしょ」
「見えないんじゃ同じだろうが」
「違うわよ、傍に居るのといないのとでは全然違うの」
「うむ、折角修復と同時に大型に改造したわけだしな」

元々一人分しか入れないような大きさだったが、
それではつまらないと大破したのを修復するついでに大型化、
これで数人くらいなら同時に入れるようになった。

「ほっかほかだよー！」

わかったわかった。

「というわけで、私達は仔犬をお風呂に入れるけどそれまで傍で待っててね」
「軍曹殿は、後で仔犬殿に入れてもらうと良い」
「…………」

腕を上げて降参を表明した。
素直なのは良いことだ。

「よし、それじゃ……」
「あ、ちゃんと下つけたままにしましょう。事故があっても困るし」
「むぅ……風呂に入った気がしないな」
「仕方ないでしょう、我侭言わないの」
「Suggest, 私は構いませんが」
「私たちが構うの！ほら、こっちよ」

嬢が仔犬の手を取って傍まで歩かせる。
獣人種だからだろうか、
視界がないと言うことなのに大きくふらつかない。
抜群の平衡感覚と言える。
服を剥ぎ取り軽く身体を手ぬぐいで擦ってから湯船に入れる。
洗髪剤や石鹸などという高価な物はないので、
湯で濯ぐだけだがそれでも幾分さっぱりする。
一揆の互助組織もそう言うものを配給してくれれば良いものを。
まぁ、遊びでやっているわけではないだろうからそこまで考えてないか。
そういえば、合成技能者は石鹸を作れるとかいう話を聞いたな。
マリア殿が得意だったが……今度試しに聞いてみるか。
そのマリア殿は、なにやら一緒に入る為の準備中だとか。
はて、風呂に入るための準備とは一体……。

「はー、生き返るわね」
「ああ、未琴は最近まともに禊も出来てなかったからな。嬉しいんじゃないか」
「ええ。戦闘しながらの旅となると、こういった物の大切さが身に沁みるわね」
「そうか、それは良い経験だな。もうちょっと周囲の細かい物に対する大切さだとかを自覚しないとな」
「してるわよ、分かってます！再確認させられるだけで」
「ははは、冗談だ」
「もう、何よ……仔犬はどう？気持ち良い？」
「Yes, しかし……」

多分、感覚だけで判断したのだろう。
顔を軍曹殿の方に向ける。

「あー、いいのいいの。気にしない」
「彼のことについては、身内である貴女にお任せするが、流石に彼では貴女自身の世話は出来ないだろう？」
「いえ、私だけでも……一緒であれば」
「だーかーらー、それをさせるのをどうかと思ったから今があるのよ？」
「しかし」
「貴女達の世界がどうかは知らないが、ここは……いや、我々の地域ではそう言うものだと思ってくれ」

そう言うと、仔犬は沈黙してしまう。
前に軍曹殿に聞いた話だが、
仔犬のような者達は本来『物』として扱うのが彼らの世界では一般的らしい。
しかし、我らには意志ある者をそう言う風に扱う風習はない。
なればこそ、精霊たちと共生の関係を築くことが出来ていたのだ。

「共生……ね」

自分で考えた言葉を口に出して再度考える。
それは、お互いがお互いの為にあり、共に生きていくことだ。
今まで、私達は本当にその共生が出来ていたのだろうか。
彼らと私たちの、本来あるべき在り方とは……。
そこら辺に、今回の大元である王の仕打ちがあるのではないだろうか。

「…………」
「ねぇ、董琉」
「……どうかしたか？」
「今日の戦闘、良かったのかなって」
「ん……ああ」

うわばみと、夜の精。
それらと戦った今日の戦いは
私の力不足を一層認識させるのに十分だった。
仔犬とマリア殿がほぼ一掃してしまい、
私は援護すらまともに出来ない状況だった。

「もっと強くならないとな」
「あ、うん……それもあるんだけど。そうじゃなくって」

嬢は一度口まで湯につけてぶくぶく言い難そうにした後、
恐る恐る、といった感じで聞いてきた。

「ほら、今回の……消滅させるだとか、言わなくても……あの子達だって力に」
「私には必要ない」

一言で言葉を途中でさえぎる。

「でも」
「必要ないんだ、それにマリア殿が契約したから問題ないだろう」

二体のうち一体はマリア殿が確保していた。
マリア殿の周囲に契約精霊の姿を見たことはないが
それは此方の与り知る事ではない。
あの夜精もそうなるだろう。

「そ……っか」
「…………」

腕を淵に掛け空を見る。
視界に掛かる木々が、風にざわついていた。

「……先に上がるよ、長湯しすぎないようにな」
「あ、ちょっと……董琉！？」

さっと湯から上がって草履を穿く。
身体を拭くのも適当に、上着を羽織るとその場を離れた。

「……もう、何よ」
「ほっかほかだよー！」
「…………」

とりあえず、顔辺りを叩いておいた。










服を着なおし、少し歩く。
身体が良い具合に火照っている。

「ふぅ、大人気なかったかな」

いや、事実いらないと思ったのだ。
契約をしている者達は優秀だ。
それで十分のはず……はずだが……。

「……いや、焦る必要はないさ。まだ勝てているのなら、な」

貢献するのは、その後で問題ない。
私が、護れていなくても……。

「見つけた、こんな所にいたの？」

来た方から声をかけられ、そちらを見やる。
ちょっと息が切れてるのは、急いで追ってきたのだろうか。

「なんだ未琴……もう出たのか」
「ええ、今は仔犬が軍曹さんを入れてあげてるわよ」
「それは良かった」
「ねぇ、ちょっと待ってよ」
「何だ」

一言入れて離れようとした所を呼び止められる。
さすがに、どう動くかわかられているとやり辛いな……一人になると言うのは。

「董琉、あなたさっき強くなりたいって言ったわね」
「ああ……」
「そう、それは何のため？四人での戦いに貢献する為？」

それはもちろんある、あるが。

「違う、判っているはずだ。私が欲しいのは……嬢、貴女を護る為の力だ」

そう、それが私の存在意義だ。
私は、“そうであらなければならない”。

「そう……それは何故？」
「何故……」

何故だろうか。
それは、護るべき存在だからで。
何故護るべき存在なのかと言うと、嬢は私の大切な……。

「幼馴染だから？友達だから？」

一瞬思い浮かべた言葉を先に言われ、
すぐに首を縦に振りそうになるのを堪え横に振る。

「……私の、護るべき主だからさ」
「……そう」

小さく目を伏せた嬢は、悲しそうな目をしていたように感じた。
が、すぐに強い力で此方を見据える。

「なら……私を護る為の力が欲しいと言うなら」

右手を横に出し上に向ける。
光が弾けるとそこには……。

『ヒャヒャヒャ、やっと外だぜぇ！！』
「宮森董琉、主として言うわ……彼と契約しなさい」
「なっ」
「あなた本来の属性がどうなのかくらい、私だって知っているわ」
「……違う」
「違わない、いいこと？私は、あなたに私の為に力を欲することで悩んで欲しくなんかないわ」

なんだ、これは。
いやだ……。

「そして、どうなったとしても私はあなたはあなただと思っている」
「いやだ……」
「だったら、そんな思い込みはここで撃ち砕いて欲しい。
　きついかもしれない、けど乗り越えて欲しいと思ってる」
「出来、ない」
「私の為だと言うなら、お願いよ……」

そして、嬢は顔を伏せた。

『ああ、無理矢理契約させられるのかと思ったが……まぁ、あの嬢ちゃんは相性良くないしな』

代わりに、夜の精が操る騎士精霊が一歩、また一歩と近付いてくる。

『が、あんたは……負けた身だ、契約に異存はねぇが。なぁるほど、こいつぁ良いネェ』
「くっ、来るなっ」

鯉口を切り、柄を取ろうとした右腕を無造作に掴まれ押し込まれる。

『ヒヒ、そう嫌うなよ。折角見つけたオモチャだからな、すぐに壊しはしねぇよ』

甲冑の奥底に目が行くが……何も、ただ闇しか見えない。

「ひっ……」

『まだネクターの花はあるな？楽しもうぜぇ』

「や、やめ……」

［――我と、契約を……］

振りほどこうとしたが、一瞬夜精とは別の声が響き、それも反応が遅れてしまった。
――そして、闇が流れ込んできた

――黒い影のようなものが疾走った

「雄乎緒嗚呼阿吾唖――！！！！」

――そして、まるで獣のような咆哮を挙げた

　看板を持って少女が立っている。

　ここは兵舎だ。良いのだろうか。