【ずっと、僕は】




ただ、平和に過ごしていたかった。




【誕生】
エンブリオ同士が他のエンブリオの存在とかに干渉することなんてないから知らないけど、ぽん、とこの世界に出現した。
生まれたっていうのはよくわからないけど、多分、それが「生まれた」瞬間だった。
結構、前の話だと思う。今より、ずっと前の話。

ぽん、と生まれた瞬間に、すぐにネクターの花に惹かれてふよふよしていたら、そのままひとりの人間に会った。
素朴で、人当たりが良くて、おおらかな、平凡なおじさん。
農業と狩猟で暮らしているおじさん。
ネクターの花は、そのおじさんの畑の一角に咲いていた。


【出会い】
おじさんは、ネクターの花を分けてくれた。
生まれたてでふよふよ漂っていただけのエンブリオに。
エンブリオがどういう存在か、この世界がどういう仕組みでできているのか、そういうのはもう知っていた。
自分が『アニマ』と呼ばれる類いのエンブリオであることも。
だから、ネクターをくれたおじさんのお手伝いをするエンブリオになった。
おじさんの家族の、おばさんと、おじいさんと、おばあさんと、娘と、息子と、子供のお手伝いをするエンブリオになった。

はじめのうちは、おじさんたちの身体能力を高めるような力しかなかった。
けれど、それは結局おじさんたちの体に負担をかけてしまう。
おじさんたちはそれでも大分楽になるからとネクターを分け続けてくれた。


【変化】
おじさんのうちには犬がいた。
垂れ耳で、毛並みが良くて、狩猟の手伝いをする犬。
家族みんなに可愛がられていた。
アニマという存在の特性がとても似ていたから、その犬の真似をしてみた。
姿形を真似て実体を得て、ただ力を増幅させるだけではなくて自分の力で狩りをしてみた。

それまで少し話をすることはできても、この姿はぼんやりとしか見えなくて、触ることもできなかった。
実体を持ったことにみんなは驚いていたけれど、すぐに犬と同じように可愛がってくれるようになった。
姿形を似せただけあって身体能力が似ている犬はいい友達だったし、人間とは話すこともできたし、のんびりと狩りをしたり、害獣を追い払ったり、話し相手になったり、犬の姿ででもできるお手伝いならなんでもした。
持てる力は全部使ってもいいと思えるくらい、おじさんと、おじさんの家族はやさしかった。


【大好き】
おじさんの家には子供が居た。
まだ小さくて、犬と一緒にかけまわってはこけて、泣いてはしゃいで、子供ってとっても元気だなって思った。
みんな子供が好きだったけど、畑や狩りで忙しい時期には寂しいのを我慢する子供を見ていたら、その姿も真似てみよう、って思った。
犬のときより難しかったし、ずっと犬の姿だったからへんな姿にはなったけど、一応子供と同じように遊ぶことができたから、これでいいやと思った。
子供はなついてくれて、一緒に遊ぶのは楽しくて、おじさんたちも子守りができたと安心してくれた。


【日常】
人間の姿だと畑仕事の手伝いもずっとやりやすくなったし、他にも、家の中のことを手伝えるようになった。
狩りの時は犬の姿の方が便利だったし、犬でいる方が便利だったり楽だったりするときは犬になった。
犬になったり人間になったりをしていたら、やっぱり変な姿のままだったけど、特に不便はなかったから気にしなかった。


【ずっと一緒】
たくさん、たくさん一緒にすごした。
おじいさんが亡くなって、おじさんがおじいさんになって、娘がおばさんになって、子供が息子になって、また子供ができて…。
何回もそれを繰り返した。
別れるときがとても哀しいということ、出会うときがとても嬉しいということ。
楽しいこと、寂しいこと、いろんなことを教えて貰った。

とても平和で、平穏で、温かくて、…そんな日が、ずっと続くと思っていた。

ずっと、続くと、思っていたのに。


【世界】




そんな日々は、ただ小さな小さな灯火でしかなくて。




【別離】





【そして、僕は】





「リマさん、どうしたんですか？」

急に他の人と合流すると言い出したリマさんに、首を傾げる。

「ちょっと調子悪くてね。少し鍛え直そうと思って」

確かに最近体調はよくなさそうだった。
寒いと動きが鈍くなるんだって。
リマさんのエンブリオを全部とりまとめることはできても、寒いのは僕にはどうしようもない。

「…ひよわですもんねぇ…」

僕だって寒いけど、我慢できるのはこの世界になれてるからなのかな。
エンブリオだからなのかな、でも、おじさんたちも寒いのはイヤだって言ってたし。
僕も好きじゃないし。

「うっせぇ、誰のせいでここで足止めくらう羽目になったと思ってるんだ」

じと目でにらむけど、出会ったばかりの頃と違って、そんなことを言いながら結局面倒を見てくれる人だって分かってる。

「…お人好しですよねぇ」

「…だよねーほんとボランティア精神あふれた傭兵とか矛盾しかないよねー」

今は、二人の間ではじゃれあいのコミュニケーションとして楽しんでる。

この世界の人じゃなくて、エンブリオが何かってよくわからないのに、僕に振り回されてもつきあってくれる人。
メルンテーゼのことはどうでもいいって言うのに、僕のことは成り行きでも拾ったわんこを捨てられないって言う人。

巻き込んでしまったことに、罪悪感を感じるようになるなんて、予定外だったけど。

このお人好し、放っておいて大丈夫だろうか、って心配で仕方ない。

「んもー、仕方ないですねぇ…。ん！おつきあいします！！」

「どっちがつきあわされてると思ってんだ」





【だから、僕は】

（リマさんの挨拶に答えていたら、いきなり青年を吹っ飛ばして現れた小柄な少年に、左右色違いの瞳がさすがに驚きに染まる）

（なんだかもの凄く見つめられているのに、視線を逸らせずに深まる困惑。尻尾や耳がある辺りで、きっとこの少年が――と思っていた所、さらなる驚き。
ハイテンションなままにいきなり抱きつかれ）

（とんでもなく元気のいい挨拶よりも何よりも、その予想不能な行動にさすがに一瞬フリーズする。そこをぺいっとひっぺがされて、放り投げられる様子を唖然と見つめ。
一連の２人の漫才のようなやり取りに、やっと冷静さを取り戻し。
最後の目配せに気付いて小さく頷きながら）

（ふふっと笑う顔は、リマさんには物騒なものに見えただろう←…。

（機械的ともとれる発言にも違和感なく返答して、頭を撫でようと手を伸ばした）

（綺麗な所作で腰に下げた鞘から長剣を抜き放ち、片手で構えを取る）

（呟きと同時に、手にした長剣の刃の帯びた光の範囲が広くなった）

（綺麗な挙動で長剣を鞘に収め）

（強さを褒められるのは嬉しいらしく、左右色違いの瞳を細めてぽふり、とナユさんの頭を軽く撫でる）

（ぼそぼそぼそと呟く様子は、どうやら少々不完全燃焼気味らしい。どこまでも戦闘馬鹿である←…。）

（綺麗な所作で腰に下げた鞘から長剣を抜き放ち、片手で構えを取る）

　
　エルの腕から縫いぐるみが飛び出して、ロウの横に並んだ。仁王立ちだ！
　

（綺麗な所作で腰に下げた鞘へ長剣を戻しつつ）

（ふふっと楽しそうに笑うが、左右色違いの瞳は笑ってない、本気だ。持ち逃げされたりしたら、地獄の果てまでも追ってくるのは間違いない。勿論渡したＰＳ程度が目当てではなかろう……←。）