（古風だが丁寧で達筆な文字で記されている）



親愛なる友　リューゼリゼへ



特段何か大きな事件があったというわけではないが、
君にとって大事な娘―――ビブリ君について、
何点か、報告しておくべき事があるので伝える。
（君からすると報告が必要な事柄でもないのかもしれないが。
　これはあくまで僕の自己満足による行為だから僕のためと思って読むだけ読んでくれ）


最後に君に手紙を送った次の日に、
彼女はメルンテーゼ新王手先の魔物達を相手に、敗走を喫した。
それまで順調だったものだからと調子に乗って、
仲間とどんどん進攻したのが仇となったのだ。

状況が危うくなった時点で潔く撤退し、
軽傷で済んだのは不幸中の幸いだろう。
これは共に戦っている仲間の機転によるもので、
彼等が居なかったら……もしかするとあそこで、
ビブリ君は生命を落としていたかもしれない。


この出来事は少なからず彼女にとってショックだったようだ。
自信も失っただろうし、何より己の不甲斐なさを悔やんでいた。
そして、それから二日くらい経っただろうか。
彼女はいきなり、髪を切ったんだ。

この行為が何を意味するのかは、正直僕にも分からない。
本人はあくまで、戦いのために邪魔な前髪を切って、
そのついでに全体的に短くしたと言いはっているが、
恐らく、それだけではないだろう。
同行者にも指摘されたが、女性が髪を切るというのは、
それなりの覚悟がなければできないはずだ……。

リューゼリゼ、いいかい。
君や、君の伴侶と違って、彼女は驚くくらい普通の人間だ。
君達と違って強靭な精神力も、身体能力もない。
君基準で考えずに、今一度冷静になって、
ビブリ君のことを第一に考えて……返答してくれ。

僕はいつでもビブリ君を連れてメルンテーゼを出られる。
君はビブリ君を、メルンテーゼの外に連れ出すべきだと思うか？




＊＊＊＊＊＊＊＊＊

（機械で印字したように無駄なく均一な冷たい文字で記されている）



ローラスへ

・ビブリに関する事は外に漏れ伝わりづらい方法で伝達してくれ。
　万が一、ブエナベントゥラ卿にでも知れたらかなわん。

・私に私以外の人間の思考を慮るという能力があると
　本気で思っているのか。

・ビブリをメルンテーゼから出したいなら好きにしろ、
　一々私に確認するな。それはローラスとビブリの問題であって
　私に口出しする権利も趣味もない。
　ローラスにしろブエナベントゥラ卿にしろ、
　どうして君達は私を介さずビブリに関与することを恐れるのだ？




＊＊＊＊＊＊＊＊＊

（古風だが丁寧で達筆な文字で記されている）



親愛なる友　リューゼリゼへ

ある意味予想通りの回答だったが、反応があっただけ昔に比べれば君も慮る力が付いてきたよ。その調子でもう少しだけ人に優しくなってくれ。

別に恐れているわけではない。未成年のことについて保護者に相談するというのは、一般常識的に言えばごく自然なことだ。リューゼリゼの中の常識とは違うのだろうけどね。まあ、君の言いたいことは分かったから、これ以上その話題についての言及は控えるよ。私が私の責任で勝手に判断する。

ところで、リソジーノムスはそろそろソドブレドから帰っているかい？
もし帰ってたらちょっと尋ねたいことがある。
ビブリ君が最近、闇の精霊シェイドと契約し、その力を借りて戦いに役立てているんだが、あまり僕としては印象が良くない。完全な先入観であることは理解しているが……パッと思いつく懸念要素がないのか、確認しておきたいんだ。悪魔契約程では無いにしても……不吉なのは確かだろう？




＊＊＊＊＊＊＊＊＊

（粗雑だが力強く自信に満ちた文字で記されている）



俺の娘だから大丈夫だ。
以上！




＊＊＊＊＊＊＊＊＊

（古風だが丁寧で達筆な文字で記されている）



親愛なる悪友　リソジーノムスへ

相変わらずだなと言いたいところだが、こっちは真剣なんだ。
少しでもいいから情報をくれ。

その精霊は……言葉は喋らないし、感情表現が豊かでもない。
なぜかは分からないが、ビブリ君には積極的に力を貸している。
メルンテーゼに元々暮らしていたエンブリオだとは思うが……。

普段はビブリ君の影の中に潜んで、
攻撃するときは影の中から姿を現すようだ。




＊＊＊＊＊＊＊＊＊

（粗雑だが力強く自信に満ちた文字で記されている）



お前のように「召喚獣や契約精霊に身を滅ぼされる」、
などと言う者がいるが、そもそもそういう場合は
契約者自身に問題があるケースがほとんどだ。
どんなに狡猾で危険な契約相手であっても、
心の隙に付け入られさえしなければ、
優位性はどこまで行っても契約者にある。

ビブリは俺のような天才的頭脳も無ければ、
リューゼリゼのような人外的身体能力も持ちあわせてはいないが、
こと辛抱強さと精神力については、俺が太鼓判を押せる。
だからお前が心配するようなことは何もない。
放っておいてやれ、それが一番の成長への近道だ。

あと闇の精霊と一口に言っても種類はごまんと居るんだ、
個々の分割世界にしか存在しないものだっている、
説明を聞いたくらいで俺が分かると思うな。
そもそも精霊契約は俺の管轄外だぞ。

ただまあ、お前風に一般常識的に言うのであれば……
闇の精霊の大半はその本能に従って行動し、
目的のためであれば手段を選ばないことが多い。
仲間につける分にはいいが、敵に回すと厄介なタイプだな。

契約者自身がその目的の障害になりうるのであれば、
逡巡すらせずに契約を破棄してかつての主に牙を剥くだろう。

だから、意思疎通ができないと諦めるのは得策ではない。
その精霊が力を貸すには貸すだけの理由がある。
時間がかかっても目的は訊き出しておくべきだな。




＊＊＊＊＊＊＊＊＊

ローラスは、髭のような葉っぱを撫でる。

そう言われて、ビブリオバベルはきょとんとした顔をした。

　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　
　

ローラスは、紅い花を一摘み。
くるりと、手持ち無沙汰に花弁を揺らした。

ビブリオバベルの俗気の無い返答に、グリゴリはしばし閉口した。

一度は口にしかけたが、人に自慢するような話でもない。リスクの割に、メリットも無い。
それに、ラージン領次期領主としては、それは正しい回答ではない。

心理テスト、という言葉を特に否定も肯定もせず、ビブリオバベルの返答を聞く。
ふぅん、と、少しだけ感心したような声を漏らした。

　　　　　 悪びれもせず偽名である事を告げると、学者さんか・・・
　　　　　　　と言って呟いた。

　
　　　　　 すっと目隠しをひと撫でする。
　　　　　　良く見れば髪の間から、目隠しに備わった金属らしき光沢を帯びた装飾が見える。
　　　　　　 封印なのか、何かの補助なのかは分からないが。

　
　　　　　

言うが早いか、腕を開いているビブリオに飛び込むように抱きしめる。割りと思いっきり抱くために苦しいかもしれない。頬ずりされたり胸が押し当てられたりするだろう。

赤面した少女と目があい、
リブリも顔を赤らめ俯いてしまう。

イシュメールは苦々しい表情を隠しもせず淡々と語った。
そして、少し気分を入れ替えるように話題も切り替える。

ドヤ顔、というべきであろうか。
その言葉を紡ぐイシュメールは、明らかにビブリオバベルに対して優越感を感じているようであった。
ひとしきり自慢げな顔を見せた後、イシュメールはきりきりと次の話題に移る。

その後もイシュメールの説教は小一時間は続いたという。

羽を撫で回すビブリオバベルの手がちょうど変なところに当たったようだ。

迷子と言いながらまったく困った様子はなくむしろ明るい。何も考えていないのかもしれない。