シヤンハイルの森の木々もいよいよ色づき始める。
ボクはまだ図鑑でしかみたことのなかった、紅葉というものを初めて見ることができた。

シヤンハイルに多く群生する、ホイホイの木はそれは綺麗な色に紅葉するのだ。
この季節になると赤く染まった葉をホイホイ焼きに使おうと、シヤンハイルの町の人が頻繁に森を訪れるようになるらしい。

ボクも今日は行軍中の食事にでも使ってもらおうと思って森の中に葉を集めに出かけてたのだが・・・。

ホイホイ焼きに使いやすそうな葉を集めながらウロウロと歩いてると、ミストがいた。
何やら難しそうなことをブツブツと言っているが相変わらず無表情で何を考えてるかわからない。

遊んでたとは言いづらかった。
やっぱり王都の妖魔はよく働くなあ。

なんでも、タリスベル教会が水神教の排斥を始めたころに、信仰を捨てきれなかった水神教の人々が落ち合って隠れ住んだ里らしい。
今は流石に異教の人間を追い込んで火あぶり、なんてそこまで野蛮なことはないのだが、何しろここは聖アウレリオ荘園。
タリスベル教会の統治荘園で異教徒の里っていうのはやはり風当たりは良くないらしい。

一応共闘宣言をしたとはいえ、ボクとは敵対派閥なのにもかかわらずミストは得た情報を惜しみなく共有してくれる。
この子達は信用してもいいのかもしれない。





ミストが乗ってきた馬に二人乗りし、上流にある集落とやらにやってきた。やはり馬は早い。
歩いたら丸一日はかかりそうなところをあっという間についてしまった。

前述したとおり隠れ里といっても昔の話で、今は人の往来は自由になってるのでボクらは普通に村の中に入っていった。
ただ、やはり外からの来客は珍しいようで、往来の人たちからは少し奇異の目が向けられてるのも感じた。

役場の所在もわかりやすかったので、門を叩いた。
村の資料室の閲覧を申し出たのだが、やっぱりあっさり断られてしまった。

血の気が多いなぁ・・・。

不思議なことか・・・それもそうだ。
半年前のボクなら、迷いもせず今宵この村をミストと共に焼き払ったに違いない。
ボクも何で今ミストを止めたのだろう。

案の定こんなところに宿なんかなかった。まぁそりゃそうだ観光ポイントなんて皆無な集落だ。
だけど、薄暗くなったところで途方に暮れてるボクらを見つけて気のよさそうなオバサンが声をかけてくれた。
きっと、年端もいかない女の子が野宿しちゃいけないと心配してくれたんだろう。

こう言っちゃ何だが、ミスト達が生まれた王都はあんまり美味しいものが無いことで有名なんだよ。
おまけに彼女達がいたという魔導なんちゃら研究所なんて如何にも冷や飯ばっかり食ってそうじゃないか。

ずっと台所にいた小さな女の子がミストのところにトテトテと歩いてくる。

ミストは子供を相手にするのは初めてらしい。わかりやすいくらいドギマギしてる。

そう言って女の子の頭をなでてやると、恥ずかしそうにしてお母さんのところに駆けてった。
ボクは少し意地悪くミストを肘で小突きながら小さく囁く。

食事が終わって、一通りの片付けを手伝うとおばさんはまたお茶を振舞ってくれた。

いや〜、おばさんそれは案外間違ってなかったと思うよ。
そう思って横を向いたら案の定ミストが赤面してうつむいてた。

しっかし考えれば考えるほど危なかったな〜。今日森で偶然ミストに会わなかったら今頃このおばさんも子供もミストに殺されてたぞ。
だけどこの家族も、その善意でもってミストの殺意をすっかり削いでしまった。
情けは人のためならずって本当だな。マリアの言うことはいちいちボディーブローのように後からジワジワくる。


ふと、ミストが何かに気付いたらしくオバサンの胸元を見る。
赤い宝石の首飾りがついてる。何の変哲もないただの装飾のように見えるけど・・・。

それを聞いたオバサンはニコニコしながら立ち上がって、ミストの後ろ側に回り込む。

オバサンはブラッドアンバーの首飾りをミストにそっとかけてあげた。

ミストはそういってそっと宝石に手をかけた。





結局次の日も水神教に関する成果は得られなかった。

資料室に関しては変わらず門前払い。
他にも村の小さな祠などを回ってみたがそれらしき手掛かりや情報などは見つからず、
結局オバサンの美味しい昼ご飯をごちそうになっただけだった。

流石に今日も泊るわけにはいかないので、オバサンにお礼をいってボク達は村を後にした。

ミストは終始大事そうにブラッドアンバーの首飾りに手をかけていた。
よっぽど嬉しかったんだろう。

人はそう簡単に一朝一夕には変わらなかった。
まぁいいか。ミストの心に一石を投じた何かが昨晩あったはずだ。

ボクが眉をしかめてると、それに気付いたのかミストがくすっと笑った。

首飾りを触りながらミストは何か含みがあるように笑みを浮かべ、遠くなっていく村を眺めた。

さらっ、とかなりえげつないことを言った気もする。

そういう顔は、冗談が含まれていそうなものだが、あまり冗談を言っているような顔ではなかった。

どこかで会ったような少女が話しかけてくる。

幾多の人に説明を繰り返したせいか、すんなり受け入れてくれた少女の反応に幾分ほっとし。

改めて少女の姿をまじまじと見つめて尋ねる。
二日酔いの話には可笑しそうに笑って。

などど、少しお兄さんぶって忠告する。
そして眺め回すようなヘリヤの視線とニヤけた顔には不可解な表情を浮かべ。

思わず顔を見返すが、続くヘリヤの言葉を聞いて、ふふっと悪戯っぽい笑みを返す。