「なぁ、魔力って具体的にどう使えばいいんだ？」




　野営地で人心地ついた頃、おもむろにカサネが発したその一言に、彼に付き従う獣達はしばし顔を見合わせた。




「どうしたのさ、主殿…やぶからぼうに」




　代表して口を開いたのは、現在エンブリオ達のまとめ役と化しているニグレドである。
　彼の知る主は多少体を動かす術を知っている青年であったし、メインの武器は刀だ。技構成も直接攻撃系のものがほとんどで、
魔力とは縁遠い。
　そんな主の世界では魔法は科学に押されて廃れていき、今や修める者も少ないマイナー学問だというのだから驚きだ。
　それを自分に話して聞かせたのは何を隠そう主その人である。にもかかわらず、彼は魔力の扱い方を請う。ニグレド達が困惑する
のも無理はなかった。




「いや、一応以前から気にはなってたんだ…」




　ニグレドとクレノは、カサネの先祖を主としていた過去を持つ。
　その二頭がカサネを前の主と非常によく似た魔力を持つと言ったのだ。
　彼らが先代の主に仕えていたのは、少なく見積もっても五百年は昔の話である。
　五百年前といえば、本家があるディオクレティア大陸は戦乱真っ只中であった時代だ。
　実戦に耐えうる銃火器類は存在したが、まだまだ威力が劣っており、遠距離攻撃は魔法が主力であった。
　そんな時代を実体験した者達が、その時代の人物と重ねの魔力がよく似ていると言う。
　まして、先日の暴走の一端が制御し切れていない魔力の暴走であるとも言われれば、気にならないというほうが無理だった。




「まぁ、そうなるよねェ……そういや俺も気になってたんだけどさ、主殿はディオクレティア生まれなの？」

「いや、違うけど…？」

「えぇ?!」




　心底ビックリした！とばかりに驚くニグレドに、カサネも驚く。
　北方のディオクレティア大陸に限らず、カサネは生まれてこの方海外旅行に行ったことすらない。が、それはカサネの年代では
珍しいことでもない。
　大陸間転移魔方陣はそれこそ国家首脳レベルのVIPしか使えないような代物だし、飛行機や船での渡航にかかる費用も学生が
おいそれと出せる額ではないのだ。
　ゆえにカサネはそんなに驚くことかと首を傾げたのだが、ニグレドが言いたいのはどうやらそこではなかったようだ。




「じゃあ、主殿はどうやってその属性加護を得たのさ?!」




　属性加護、というのは、本家のあるディオクレティア大陸特有の魔力体系のことらしい。
　彼の大陸で生を受けた者は六柱の神いずれかから加護を与えられ、加護を与えた神が司る属性しか使えない。
　他大陸で生を受けた者も、彼の大陸に足を踏み入れれば自然と自身と波長の合う神から加護を得るというが、大陸生まれの者に
比べると加護は弱くなるのだという。
　カサネはまったく預かり知らぬことだったが、自身の持つ加護の力は直系血族にも及ぶ程高いらしく、他大陸生まれであるとは
到底信じられないのだという。




「どう…って言われても……あー…もしかしたら、アレかなぁ…？」




　一つだけ、思い当たるものがあった。
　玄守家はかなり古い家柄である。
　時代錯誤な取り決めは無駄に多く、その一つに自宅出産がある。
　自宅出産と言っても産婆を呼んで…とかではない。
　特殊なまじないを施してあるとかいう壮絶に胡散臭い一室での自然分娩だ。





「ガキの頃に従弟の出産でチラッと見ただけだけど、確かこう、こういう感じの模様が…」




　薪として集めた枝を一本取り、グリグリと記憶にある模様を足下に描く。
　かなり薄ぼんやりとした記憶だが、まぁ良く描けただろうと頷くと、肩越しにニグレドとクレノが覗き込んで唸った。




「クレノ坊…コレ、多分アレだよねェ…？」

――恐らくは、な…




　二頭の話すところによれば、これは彼らの前の主の奥方が考案した術式であるらしい。
　何でも、異世界に出張することの多かった旦那のために、ディオクレティアで戦うのと同じ条件の『場』を作り出すことが出来る
のだとか。





「擬似的なモンでも、カノジョのレベルだと洒落にならないんだよねェ…」

――少なくとも、女神が加護を与える場としては、何ら支障ない




　つまり、カサネはあの部屋で産み落とされた時点で、闇を司る女神に見出されて加護を与えられていた、ということになるらしい。
　とんでもない話である。




「でもまぁ、理由は分かった。とりあえず…今後は主殿の魔法訓練も視野に入れないとね」

――主の資質が発覚した以上、野放しにしておくと危ないしな…




　なんだか心持ち遠い眼をして、二頭は頷き合う。
　自分が振った話ながら、思った以上に重くしかし素早い二頭の対応に、あれもしかして大事になってきた？と戦々恐々とする
カサネだったが、時既に遅し。
　制御力の訓練と称し、幾度となく側へと突き落とされることになるなどと、このときのカサネは知る由もなかった…