「はぁ──はぁ──はぁ──」


額を脂汗でべっとりにして、少女は飛び起きた。
耳をすませ、混濁した意識が覚醒するとともに、先ほどまでの声と音が夢であったと悟る。
殺す夢。殺されそうになる夢。殺す夢。殺す夢。殺す、殺す、殺す、殺す。


「畜生……また、あの夢かよ……クソが！ ダメ、落ち着いて。感情を露にしてはいけない……」


思わず飛び出そうになる罵詈雑言を必死で抑える。
本来は粗暴な性格であるが、感情が暴走するのを防ぐために普段は抑えているのだから。
……抑える？ 何故？ 何のために？

「アタシは……何かを恐れている？」

何を？ 痛痒こそ喜び、苦悶こそ至福。誰もアタシを絶望させることなんて出来ない筈なのに。
でも、この形容できない感情の波と、抑えようのない虚無感。
喜びでも苦しみでもない、平静を乱されることだけが確かな何かが胸に満ちていた。


「前にアジェットに相談したけれど……あの時は何もわからずじまいだった」


リスクはあるけど、夢の内容をシヴとフレイヤにも話してみるというのも一つの手。
いや、寧ろそれが最善の策かもしれない。
少なくとも、他にこの行き場のない感情をどうにかする方法は思いつかない。


「そう、アタシは……痛めつけるのは好きだけど殺すのは嫌いなはず」


何かの間違いであれば、どれだけ楽なことか。
もしそうであるなら、これ程同じ夢を見続けなどしないだろうに。
ヨハネ──不毛の大地で出会ったミニドラゴン──に会ってから、ずっと見続けているのだから。


「でも、あれが過去のアタシだとして……」


どうしてヨハネが出てくるのか。
つい最近、出会ったばかりだというのに。
でも、それなら何故ヨハネという名前がすぐに思い浮かんだのか。


「……わからない。何もわからない。これ以上考えても、恐らくは時間の無駄」


体力と気力を消耗するだけ。
そう思いなおして、もう一度眠りにつくことを試みた。


その後、結局一睡も出来ずに夜明けまでまんじりとせず過ごす羽目になったことは、言うまでもない。

カチャカチャと小さな音を立てながら、お茶会の準備の仕上げに取り掛かっている。
皆の会話にはしっかりと耳を傾けているようだ。

ハロウィン？と首を傾げ、先刻の催し事を思い出す。あれか。

お茶会をすると聞いて、そっと顔を出す。手にはお茶菓子になればとちょっとしたクッキーを持って。

何か言うより先に、頭の上の赤いヒヨコが鳴いた。