夕食後の自由時間、仲間の輪から暫し離れ、
男は黒狼を連れて一人、夜空を見上げていた。

「なあ、ニグラよ」

黒々とした空を見上げたまま、男はぼんやりと語りかける。

「俺とお前が郷から出てから、随分と経ったなあ」

ニグラと呼ばれる狼もまた、同じように空を見上げ

「･･･そうね」

男の声に肯定の声を返した。

「まあ、どれくらいだか考えたくもねぇが」
「ただ覚えてないだけよね？」
「そう言うんじゃねえよ」
「ふふん？」

少し得意げなその声に、男が漸く傍らに座していた黒狼へ視線へ向ける。
ただ、その姿は、それこそ男が覚えてないと言った年月を共にした
見慣れた相棒の姿ではなく、黒衣を纏った少女の姿であったが。

「･･･そうか、アニマの影響か」
「驚かないのね、貴方」
「他の誰ならともかく、俺がお前の変化を知らないはずがねぇだろう？」

肩を竦めてみせる。
エンブリオと契約者の親和が進めば、エンブリオがその力をもって顕現すると噂話で聞いてはいたが
自分達には、こういった形で変化が現れた、らしい。

「とは言え、人のナリじゃあ動き辛いだろう。俺も慣れるまでは苦労したが」
「そうね、まだ･･･思い通りには動けそうにないわ」

言って、くるりと回る姿は、言葉とは裏腹に随分と小慣れて見える。
くつ、と喉を鳴らして低く笑った。

「お前が人のナリで満足に動けるようになったら、あいつらにも改めて紹介しねえとなあ」
「すぐに慣れるわ。すぐによ」

少し拗ねたような声に苦笑を返し、男が少女の黒髪を撫でる。

「今後より一層、お前さんの力添えが必要になるだろう。最も近くで俺の援けとなってくれ」

「勿論よ、スーノ。」

にこりと笑んだその表情に、酷く懐かしさを覚えながら、男はもう一度空を見上げた。





「嗚呼、今日も月は見えねぇなあ」

（手袋を着用する