「独裁の良い所は『やっぱやめた』ができることよ」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―――― 決定権




手の中で柔らかいそれを軽く握り、緩め、弾力を確かめる。
コノエの身体であるそれは、紫色の形容しがたい形をした触手だった。
白い牙のようなものはそこに口があることを示しており、気ままに滑らかに開閉している。

言いながらカーラはクッキーを食べさせた。しゃくしゃくと可愛らしく齧っていく触手。
開かれた口の中は奥行きを感じないのにいくらでも食べ物が消えていく。
コノエが苦笑して釘を刺す。

牙をなぞり口の内側を指先で撫でた。つるりとしていて柔らかく温かい。
手を濡らさないちょうどいい温度の湯を固めたような手触り。
猫の甘咬みのように指先を咀嚼されてもマッサージくらいにしか感じなかった。
その気になれば人間の頭だろうと噛み砕き捩じ切ることが出来るけれど。

この異形化能力は多くの魔属が先天的に持つもの。広義には髪や目の色を変えることも異形化、『異なる形へ成る』能力だ。
普通、この能力を使わなくとも生活に支障はない。しかしコノエの場合は少し勝手が違う。
彼の持つ能力が人型形態と相反するものであるため、時々ガス抜きをしてやらなければならないのだ。
放っておくと久々の解放感で加減が効かなくなる。空腹のとき勝手に涎が出るように、異形の本能が彼を悩ます。
悩む程度なら、と思うかもしれないが彼の巨体が勝手に動けばなかなか大惨事になることは想像に難くないだろう。
この触手一本で何人絞め殺せるか。考えるだけでなかなか背筋にくる。

はーい！　と元気よくヴィンテは台所へ消えていく。ほかほかの濡れタオルを想像した触手が目を閉じた。
カーラに目をやれば触手にお茶をあげている。私が遊んでいた触手もいつの間にかティーセットを掲げていた。

美味しい！　と漏らすと嬉しそうに目を細める。
そんな偽らざる本心を見られるこの姿が、私は好き。

（エリルベートは真夜中であるにも関わらず何かを探し回っていた。
　突然現れた男の荷物の中身はすぐに想像がつたようで困惑しているが、
　怒りに身を震わせているような様子はない）

（引き攣った笑みを浮かべて頭を下げた。上げた顔には疲れが浮かんでいる。
　そして服に血が染みることも厭わず麻袋を抱え上げた）