この世界で一揆に身を投じてから、何故か、父のことばかり思い出すようになった。
吹き荒ぶ嵐の中、ただ小さくなってその暴力の行き過ぎるのを待つようだった数ヶ月ばかりがまなうらを訪ってくる。
かあさんの笑顔が儚く、霞がかって遠い。

確かに胸に抱いていたはずのぬくもりが褪めていく感触。
優しさに触れていた記憶も、ほつれた布から糸が解けていくように、止めどなく形をなくしていく。
そこに残る残骸はかすかな色だけを残して、もう、原型を留めない。

私のこころを繋ぎとめる安息の記憶が、少しずつ失われていくのがひどく怖い。
古い帯の擦り切れるように、雲の薄くなって途切れるように、私の抑制もいつか切れてしまうのだろうか。
そのとき私は父と同じように、誰かを傷つけ、奪うことに躊躇いもしなくなるのだろうか。

例えば、やさしいひとをきっと困らせると知っていながら、己の罪を臆面もなく暴露するように。

口にしてしまってから、いけない、と思った。
左腕のしるしを、いまさら遅いと理解しながら手のひらで覆う。
その裏で、玄雲がざわめいているのがわかった。

最近ではすっかり鳴りを潜めていたくせに、私が何かを間違えるたび、面の下にともった赤い灯が燃える。
玄雲はことばを発さない。なのにいつも、くつくつとした暗い嗤いが聞こえるようだ。
そしてそんな時にはほとんど必ず、父の顔が脳裏をよぎった。

この世界に父はいない。
いない、はずだ。
けれど、玄雲が私のことを嗤ってざわめくとき、父の存在をひどく間近に感じてぞっとする。

理性は、父の不在を了解している。
それでも感情はずっと、私自身に訴えかけているのだ。

父はいる。
ここに。

私の中に。