前回までのまとめ：お嬢様（仮）の様子がおかしいようで？

　不意に異音が聞こえた気がして作業の手を止める。
　周囲を警戒し耳を澄ませば、次に響いたのは異なる異音だった。

　ぶちり。

　同時に鼻に付くのは濃い花の香り。
　この旅を始めてから花の香り自体は珍しい存在でもなんでもない。
　香水を纏うように、華やかな香りを自ら発する女性が常に傍に居たからだ。
「……お嬢様（仮）？」
　名を呼び様子を窺う。
　視線をやると同時に確信した。
　首元の華やかに毒々しく華奢な身体を侵食する色とりどりの花。
　それらに彼女の手が触れるどころか、毟っている。
　握りこんだ手の中で花弁が潰れ、それが周囲に濃い香りを振りまく原因の様だった。
「……――、」
　異変はそればかりではない。
　清楚に、可憐に、時折艶を含んで笑みを浮かべるその顔に、今ばかりは見たこともない表情が浮かんでいた。
　魘されてはいるのだろう。
　けれどそこに在るのは脅えではなく嫌悪の顔。

（おや、これは）

　珍しい。
　確かに珍しくはあるのだろう。
　今浮かべている顔と、普段の完璧すぎる笑顔とを比べながら思案する。
　思う所はあれど、結局は材料不足だとこの出来事はいったん保留することにした。
　とりあえずと本格的に寝入っているお嬢様（仮）を楽な体勢にさせんと、手袋をはめた手を伸ばした。
　その前にと首元が出血していないかを確認して、これ以上傷付けてしまわないように手を外してしまおう。
　起こしてしまった時はその時で。
　朝食はお嬢様（仮）の好きなものにでもしようと思いつつ、行動に出た。