「ハクション！　ハックション！」

　エルは困惑していた。旅の道中に悪霊のくしゃみが止まらなくなったのだ。川辺の水はさらさら流れ、木々の間から温かな木漏れ日が差す。素晴らしい環境だが、やたらと悪霊がくしゃみをしている。全てが台無しだ。

「お前なんかちょっと変だぞ。急に喋ったり、と思ったら戻ったり。今度はくしゃみか……どうなってるんだお前は」

「ハックション！」

　相変わらず意思疎通は出来ない。彼女に意思はあるのだろうか。あのとき悪霊はお菓子の感想を言っていた。確かに悪霊はよくエルのお菓子をつまみ食いする。そのときの思考があるというのなら、何故彼女は意思疎通を拒み、笑ったりくしゃみをしたりするのだろうか。

「悪霊さん、うるさいからせめてもうちょっと可愛くくしゃみをだな……」

「くちゅん！」

「リクエストに答えるのかよ！？」

　思わず突っ込んでしまったが、これは重大なサインかもしれない。悪霊は混沌とした思考をしているのではない。彼女は意思を持ち、こちらの話を聞いている。何らかの障害によって、こちらにその意思を伝えることが出来ないのでは？

　悪霊はエルの胸ポケットから素早くハンカチを奪い取ると、「びーん！」と鼻をかむ。ハンカチはよくわからないピンクの粘液まみれになってしまった。気まずそうに悪霊はそれをこちらに差し出す。

　……そうだ、そして何らかの理由があって、彼女はいたずらをしてくるのだ。エルはそこまで考えて、悪霊に対する調査を継続することにした。しかしくしゃみがうるさいことはなんとかせねば。エルはヌルヌルのハンカチを受け取り、背嚢にしまった。

　料理には薬膳料理のようなものもあり、エルはそのレパートリーを旅の中で増やし続けていた。その中にはくしゃみを直す料理もあった。エルは悪霊にそれを後日御馳走することになるのだが……。

「くちゅん！」