抜けるような青空のキャンバスに、白い雲がうっすらと描かれている。
早朝には肌寒さを伝えてきた外気も、今では日差しのおかげで暖かさが感じられた。
一面に敷き詰められた落ち葉の絨毯が、一歩また一歩と足を進めるたびに、くしゃりくしゃりと耳を楽しませてくれる。

「あれはどうだ？」

「どれどれ？……うん。あれは大丈夫なやつ」

「そうか。それはよかった」

「……」

「あ、パアルも何か見つけた？」

クイトとパアルを伴い、ハディートは森の中を歩いていた。普段よりもずっとずっとゆっくりなペースで。
視線を上へ下へと忙しなく動かしながら。
それはハディートが肩に提げている籠をいっぱいにするためだ。
季節は秋。実りの秋はここ、メルンテーゼでもありがたい事に変わらなかった。
夏には青々とした葉を付けていた木々は赤、黄と彩りを変え、訪れる人々の目を楽しませる傍ら、
たっぷりと栄養を与えられた事で肥えた実をたわわに実らせ、動物達の食欲を満たしていた。
ハディート達もその恩恵にあずかろうと、こうしてやってきたのだった。
自分で食べる事はもちろん、共に旅をしている仲間にも食べさせてあげたいと、
タンポポ荘で出会った友人との約束を果たそうと、大きな籠まで借りて。
ハディートがパアルが発見したアケビに似た実を採っていると、
少し先行して、食べられそうな実を探していたクイトが戻ってきた。

「ハディート」

「うん？どうしたの？」

「どうしてキノコは採らないんだ？」

「あー……ぼく、まだ毒があるのとそうじゃないの分からないんだ。
キノコは詳しい人と一緒に採らないといけないんだって、お姉ちゃんもあんまり採らなかったし」

「なるほど……私も食べ物に関しては知識が乏しい。避けた方が賢明か」

「食べられないかもしれないのより、食べられるって分かってるのをいっぱい採ってった方がいいかなって」

「……それもそうだな」

キノコは長年採ってきた者であったとしても、稀に毒キノコを間違えて採ってきてしまうほど、
ややこしいものがたくさん存在する。
素人であるハディートは、なおさら気を付けねばならない。
いや、気を付ける以前の問題だろう。採る事自体を避けねばならない。
それにここはハディートが住んでいる世界ではなく、異世界メルンテーゼである。
見た事もないキノコがあるかもしれない。もしかしたら、つい最近襲い掛かってきた動く林檎と同じく、
自我を持ったキノコすら存在しているかもしれないのだ。
元々メルンテーゼに住み、森に詳しい者が共に居ないのであれば、
よほどの事がない限りキノコには手を出さない方がいい。
それを言うのであれば、今ハディートが採っている木の実なども、
元の世界で食用とされている木の実によく似た別物、という可能性も浮上してくるのだが。
先程、クイトが発見したサルナシに似た実をハディートが少しつまみ食いしたところ、
甘酸っぱくてとても美味しかった。
変な味がしない、体に異常が出ないところから、これは大丈夫だと判断したらしい。
人間と一緒に暮らしているが、多少なりとも野性的部分が残っていたようだ。
早速アケビに似た実も食し、自分の舌で大丈夫だと判断したため、皆の分を収穫していく。
すると、パアルがいつも通り言葉なく近付いてくる。
ついてこい、と言っているようだとハディートは思った。まだまだ分からない事がたくさんあるが、
少しだけ仕草からなんとなく察する事が出来るようになっていた。
パアルに促されるまま、ハディートは歩いていく。

「……あ、どんぐり！あっちにあるのは……くるみ、かな？
ぼくがどんぐりを拾うから、パアルはくるみを落としてくれる？」

相変わらずパアルからの返事はなかったが、くるみが実っている木に素直に向かってくれた。
ハディートは人よりも大きい手で小さいどんぐりを拾い、
パアルは頭部から伸びるコードのようなもので、くるみを叩き落としている。
ある程度どんぐりを拾い、落としてもらったくるみを籠の中に放り込んでいく。
くるみは後で果肉を取り除きやすくするため、水かお湯に着ける事を忘れてはならない。

「あ、クイト。そっちはどうだった？」

「少し行ったところに川があった」

「川かぁ。お魚さん居るかな？」

「ああ。何匹か痺れさせておくか？」

「うん！お願いね！ぼくはひもになりそうなの取ってくる」

「分かった」

クイトは魚を仕留めるために再び川へ向かい、
ハディートは魚を持ち運ぶための紐になりそうなものを探しに行く。
紐となりそうな森の中にあるものと言えば、蔓だろうか。ブドウ科の植物でもあればいいのだが。
ちょうど実も付けている頃だろう。食用に向いたものが多いため、あればそちらも収穫しておく。
パアルと共に蔓を探していたハディートの顔が、ある一点を向いたところでパァと輝いた。

「あ、あった！……ん？」

紫色の実を見つけ、嬉々と駆け寄っていくが何かに気付き、足を止める。
スンスンと鼻を鳴らす。ほのかに漂う香ばしい香りを感じ取った。

「いいにおい……誰か居るのかな？」

これは何かを焼いている匂いだ。少し離れたところに誰かが居るに違いない。
ハディートは実を収穫し、蔓を引き剥がしつつ、ふと考える。
そういえば、今日は人が集まるところでは朝からテントが並び、色々な食べ物が用意されていると聞いた。
それがここより少し行ったところで、行われているのかもしれない。
行ってみる価値はありそうだ。
蔓を引き千切り、匂いがする方向を確かめるためにも、クイトと合流しようとハディートは歩き出した。

どこか熱に浮かされたかのような語調で、語る。
またしても、少々熱が入りすぎてしまったか…。

こっそり反省しつつ、そして更に反省すべき点がもう一つ？

その言葉通り、少し歩いてすぐに元の場所に戻ってくる。
苦笑して、軽く頭を下げる。一種の冗談か。

ちょっとだけドヤ顔風味な表情で。
骨も調理すれば立派な食物に変わる。なかなか悪くないものだ。

そして、彼の話に耳を傾けて… 大きく頷く。

ニッコリ微笑んで、再び頷いた。