ここはどこだろう。
気がついたら全く知らない土地に１人、倒れていた。
排ガスで汚れた空気も、無機質なビル郡も、ビジネススーツに身を包んだ働き蟻どもの姿も見当たらない。
そもそもおれは、自殺したのではなかったか。
幻聴を聞くほどの激務に疲れ、職を辞し、将来を憂いて投身自殺を図った事は思い出せる。

……幻聴。そう、幻聴だ。
魔王エリエスヴィエラのしもべと名乗る声が頭の中に響いてきたのだ。
貴様に魔王の加護をやる、と。
捨てるはずだった命はその加護とやらで救われたのだろうか。
そして訳の分からない別世界にでも飛ばされて、何かの役割を負わされる、と。

馬鹿げている。
夢かあの世か知らないが、何の取り柄もないおれにやらせるなど、どれだけ人材不足なのだ。

あたりを見回す。
見たこともない洋風の城か砦か、そんなものが眼下にそびえていた。
その他は森しか無かった。

ふと足元に目を落とすと、地面におぞましい幾つもの赤目が浮かび上がっていた。
何故だか驚かなかったし、恐怖も感じなかった。
自然と、これは自分の一部だと認識していた。
おれの影と同化したこの赤目は、たぶん魔王の加護か、監視役だろう。
影だから喋りはしない。発声器官がない。そもそも物体ではない。

前言を撤回。どういう仕組か分からないが鳴き声は発するらしい。
影は形を変え、城の方向を指す矢印となった。
そこへ行け、ということらしい。
他に行く宛も無く、周りに何もないので、城へ行く以外の選択肢はなかった。

移動しながら、これから先のことを考えた。
着の身着のまま、役に立ちそうな物は何も持っていない。
早く衣食住を確保しなければ長くは保たないだろう。
金は無いし、持っていたとしてもここで使えるのかも分からない。
自力で得るか、奪い取るか。
そうするしか生き延びる術はない。

……ならば。それに相応しくなろうではないか。
どうせ一度捨てた命だ。
これまで色々なものに縛られてきたが、もうどうでもいい。
好きなように生き、その日をしのげればそれでいい。

羞恥心も自尊心も、下心も良心も、何もかも捨て去ってしまえ。
過去は捨て去る。将来も要らない。
クズでもなんでもいい。

こんなに胸が踊るのは何年ぶりだろうか。
本当に、生きてて良かった。