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背に少女を乗せた巨大な影色の虎が人ごみの中を悠々と歩いていく。そんな異様な光景にしかし、人々は気付いた様子もない。

「わたし夢路って言うの！　あなたのお名前は？」

虎の背に乗った少女が無邪気に尋ねる。

『名は魂の形を表す。無闇に人に教えるものじゃないぞ、“夢路”』

「何のことを言ってるの？」

『ふん……分からんのなら構わん。俺のことは好きに呼べ』

「うーん？　それじゃあねえ――

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ふと目が覚める。見渡せばそこは、拠点としている宿のベッドの上だった。

『また夢を見たのか？』

夢路が目覚めたことに気が付き、影が尋ねる。

「ええ、随分と懐かしい夢でしたよ。――クロ」

『……思い出したのか』

少し驚いたような口調で漆黒の虎が唸る。

「あなたに関する記憶が妙に抜け落ちていると思っていましたが……あなた、あの日私と別れる時に何かしましたね？」

問い詰めるような夢路の口調に同じた様子も無く、影が飄々と答える。

『少し記憶を弄っただけだ』

「何気なくひどい事をしますね……」

『誰彼構わず俺の事を喋られたら迷惑だからな。俺にかかわることは全て忘れさせた』

その言葉に、夢路が疑問を呈する。

「そうなんですか？　確かにあなたの名前こそ思い出せませんでしたけど、あなたの事を忘れたことなどありませんでしたよ？」

『ふん。お前の力を見誤っていたようだな。まさかここまでの力を付けるとは思わなんだ』

感心しているような口調で影が言えば、夢路は静かに笑みを見せる。

「あら、褒めてくれるんですか？」

『そういう言い方もできるかも知れんがな。あまり調子に乗らないことだ。痛い目を見たくないのならな』

「十分気を付けますよ」

「でも、偶にはあなたの事を頼ってもいいでしょう？　女の子は、守られたい生き物なんですよ」

『面白い冗談だな』

「結構本気なんですけどね」

『ふん……気分がのれば、手を貸すかもな』

ぞんざいな返事だが、夢路は嬉しそうに笑う。この気難しそうな虎は、なんだかんだ言って面倒見が言い事を知っているのだ。

「ふふ、期待していますよ」

『勝手にしろ』

短く言うと、これで会話は終わりだと告げるように金の瞳が影の中に隠れる。それを見て、夢路もゆっくりと目を閉じたのだった。