随分と草臥れてしまった儚げな風景を見つめて、今日何度目かのため息を零す。
　結局ぼくはまた、この場所に帰って来てしまったのだ。どれだけ大層な夢をみようとも、現実的な夢をみようとも、夢は、夢で終わってしまうのだろう。
　一歩が踏み出せない自分の弱い心に他の理由をいっぱい上乗せして、蓋をして。ぼくはいつか自分の目で見たいと思っていたその儚げな風景の写真を今日もまた、草の下に仕舞うのである。

　嗚呼、またいつもと同じだ。また、いつもと同じ毎日が過ぎていく。
　そう思いながらもその流れに逆らうことは出来ずに、ぼくは自分の腕に顎を乗せて眠りの体勢に入ろうとしていた――丁度、そんな時だ。
　がさがさ、と不自然に揺れる草花の音が耳に入って来たのは。
　こんなところにまで人間がやって来たのだろうか？ぼくは慌てて痛む身体に鞭を打ち起き上がると、意識を研ぎ澄まし音のする方に意識を集中させる。がさがさ、と草花をかき分ける音と、一定の感覚で草花を踏み付ける音――こういう音をさせて歩くのは二足歩行の生き物だけであると予想する。
　そもそもこの時間は森林を共に守る仲間たちは大抵自分の寝床に居る時間帯であるため、わざわざこうしてぼくのところにへと誰か仲間が訪ねてくる、といったことはないはずなのだ。非常事態でもない限りは。そしてもし非常事態であるのならば、こんなにゆっくりとした足取りではなく、もっとどたばたとした慌てているような足音になるはず。
　とすればやはり――
　尻尾を逆立て、振り回し、ぼくは低い体勢となり茂みの一角へと威嚇する体勢を取った。
　一歩、また一歩と足音は近付いて来て――次の瞬間、がさり、と音を立てた茂みは生き物の手によって左右に開かれていく。途端、太陽の眩しい光がぼくの視界へと差し込み、その光は茂みを分け開いた生き物の背中をも照らし、そのシルエットはぼくの視界にしっかりと映り込んだ。
　――間違いなく、人間である。

　人間だと認識した刹那、ぼくは前足で地面をしっかりと踏みしめてグゥルルルル…と低い威嚇音をあげた。身の小さいぼくからの威嚇音くらいで人間が怯むとは思ってはいないが、いきなり飛び掛かるというのも力の未知数な人間相手ではあまり得策ではないと思ったため、威嚇に、様子見といったところである。
　するとぼくの威嚇音に気付き、そして漸く僕の存在に気付いたのであろう人間は、こっちを見るなり慌てて両手をばっと胸の前に出した。ぼくはその行動に思わずびくっ、と身体を跳ねさせてしまう。

　ごめん、ごめんと何度も頭を下げながら、それでも両手だけはしっかりと見える位置に維持し、武器を出す気はないと示してくれているであろう人間に、ぼくは元からまんまるの目をより丸くして、唖然としてしまった。
　一応、念のために、見た目的にそれはないだろうと判断するが念のために、素手で攻撃してくるタイプの人間だといけないので警戒は解かずに、じっと人間を見つめる。

　散々大丈夫、大丈夫だと喚きながら目の前の人間は肩に掛けていた小さな鞄を下ろそうとする。勿論、ぼくは警戒してびくり、と身体を跳ねさせるが、その姿を見ていたのであろう人間はまた、大丈夫だ、信じてくれ、などと甘ったれた言葉を吐く。
　本当ならばこの時点で噛み付いたり、鋭い爪で引っ掻いたりとしていたところではあるが、どうにも頼りないこの人間の容姿を見るに、どうしても攻撃に移ることが出来ないでいた。
　と、いつの間にか地面に置かれていた鞄は開かれ、小さな一つの箱が取り出される。その箱の中身が何であるか、という不安を取り除くためだろうか、その人間は取り出してすぐ、箱を開けて中身をこちらに見せてくれた。

　これで伝わるのだろうか、という不安げな表情が見え隠れしている人間を見上げて、すぐにその箱に視線を落とす。少し近付いてくんくん、と匂いを嗅いでみると、鼻につーんと来るような、今まで嗅いだことのない不思議な匂いがした。

　あー、何でこういう時にエアナが居ないんだ。などと小言を漏らしながら、じっと俺の目を見て話す人間。恐らく、手当したいという気持ちは偽りではないのだろう。けれど、はいそうですか、とぼくもすぐに警戒を解くわけにはいかなくて。じーっと、ぼくの目を見て話す人間を少し警戒しながら見返すことで更に様子を伺うことにする。

　それは、その通りである。

　だから、――だから。

　そう言って、人間は、――彼は、ぼくに頭まで下げたのである。









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...NEXT

　
　
　

　もう素早く動けないのを確認してふんわりと着地し、
何か飲み物のようなものを取り出してストローでちゅーちゅーしている
燃料補給なのかもしれない

　話さない限り簡単には逃してくれないようだ