賑やかな少女の声に、もう一度聞きたかった少年の声。
イリスの意識は急速に覚醒し始めるが、それは次第にぼんやりとした身体の熱に、頭重に妨げられることになる。

「あなた、たち――」

それでもその声の主をきちんと一目見たくて、必死に腕を使って身体を起こした。

「い、たっ……！？」
「あーっ！　だめだめ、起きちゃダメだよ！　大怪我してたんだから！」

そしてイリスはすぐにその行動を後悔した。
右の上腕から走る激痛。それはイリスから言葉を奪い、ただ身を丸めて悶絶するしか無いほど強力な刺激で。
ようやく顔を上げたその時にはもう目の前に、小さな少女がベッドの上に乗り上げて、心配そうな表情で自分を見ているのだった。
そしてその後ろには、何故か頭を抱えて悶絶する――。

「フィン……？」

ザントマンの少年、フィンの姿もあったのだ。
これは一体、どういうことだろう？　人狩りに出会い、敗北し、意識を失って。
目を覚ませば、自分の契約したエンブリオの姿が眼の前にあるのだ。

「驚いてるみたいね」

目の前の少女が、太陽のような屈託のない笑みを浮かべて言った。

「とりあえず説明してあげる！　よーく聞くのよ？」

ぴっと人差し指を立て、少女ははきはきと良く通る声で喋り始めた。
一つ、ザントマンのフィンは勿論、自分もイリスの契約エンブリオであること。

「あたしはシェリナ！　『変幻自在』のシェリナよ！　イリスとは、シルフって形で今は契約してるわね！」
「今、は？」
「それについては後に説明するわ！　実際見てもらったほうが早いし」

シルフのエンブリオ、シェリナは意味深な笑みを浮かべつつ、説明を続ける。
こうして姿が見えるようになった理由は、先の戦いが原因であること。

「絶体絶命のピンチになって、イリスの潜在能力が開放された、ってやつよ」
「だから、見えるように？」
「そういうこと！　もー、この時をずーっと待ってたんだから！　ずっと見てたよ、イリスが此処に来てから、ずっと。契約してよかったーって思ったよ！　立派なご主人様だもん！」
「ずっと……」

仲間との出会いも、数々の戦いも。そして、あの『人狩り』との戦いも――。
それをすべて見てきて、その上で彼女は自分を主人だと認めてくれている。なんだか、気恥ずかしかった。
従者を持つのは、別にこれが初めてでもないのに。

「……あー。一つ訂正、いいかな」

シェリナとイリスの会話の間に割って入るように、少しバツが悪そうに語りかけたのはフィンだった。

「正確にはあの戦いが切欠でもあり、原因なんだ。今の状況は」
「ちょっとフィン！」
「あのなぁ。隠し通すなんて止せよ。お前も僕も、彼女の契約エンブリオだ。全て包み隠さず話す必要がある。たとえどんな結果になろうが……」
「……どういうこと、ふたりとも？」

ふくれっ面を見せるシェリナに、フィンは軽くため息を付いて口を再び開く。

「端的に言えば、契約違反をした。本来ならもっと君が僕達エンブリオとの親和性が高まらなければ、こういった具現化は不可能だった。本当にあと僅か、君が経験を積んで力の同調ができれば僕たちは姿を見せれたんだ」
「契約違反とは、どういった？」
「君の同調が不完全なのに、僕達が無理やり外に這い出たんだ。……あの戦いで君たちが危なかった。だから」

言い訳がましくなった声を打ち切り、フィンは軽く咳払い一つして。

「無我夢中で這い出た時、そんな必要はなかったことにすぐ気がついたよ。この村の人が、騒ぎに気づいてやってきてたんだ。君や仲間はその人達のお陰で今ここで寝てるってわけ」
「そうだったの……みんな、無事なのね？　アエレアも……」
「あぁ、無事だ。爆発したあの人も……なんかよく分かんないけど、とりあえず無事。……ごめん。契約者の意思を無視した行動は、契約エンブリオとしてはとってはならない最悪の行為だ。……解約も覚悟してる。君の思うように、処遇を決めてくれ」

ため息が出そうになるのを飲み込んで、フィンは意気消沈といった様子を隠そうともしなかった。
見ればシェリナも、目に涙をいっぱいに浮かべてイリスを見ている。

「……その違反をしたことで、何か問題が起きたりは？」

無感情なイリスの声が部屋に響く。
二人のエンブリオは、その声を聞くだけでびくりと身体を震わせた。
年端もいかぬ少女からその声が発せられた瞬間、言いようのない威圧が発せられたのだ。

「……特に無い。力はいつもどおり使える。君の身体に異常が発生するわけでもない。ただ契約者の意思を無視した。それだけが、僕達契約エンブリオにとって最大の問題だ」

やっとのことでフィンが答え、イリスは思案の様子を僅かに見せて。

「では、不問とするわ」
「えっ」

そう決断を下すのに、三秒とかからない。
フィンもシェリナも、信じられないといった目でイリスを見ていた。

「何をそんなに驚く必要があるの。違反は違反だけれど、別に契約者に何かあったりするような事でもないのでしょう？　それなら、いいのよ」
「……解約されると思ったな」
「どうして？」
「君はその……そう言うのに、すごく厳しい人だと思ってた」

頬をぽりぽりと掻きながら、フィンは顔を赤らめて答えた。
イリスという人物を見誤っていた事を恥じているのだろう。

「確かに、厳しいわ」

イリスは、フィンの抱く自分の印象は間違っていないとそう答えることで教える。

「けれどこの契約違反はそもそも契約者であるあたしの力不足が原因。あんな連中にだって負けることがなければ、貴方達の気を揉ませることだってなかった。貴方達にとって、辛い選択を取らせることだってなかった」

そして、その印象で足りない部分を付け加えるべく、本心をさらけ出して言の葉にし紡ぐ。

「貴方達が落ち込む必要はないの。……本当にごめんなさい。あたしがもっと、強ければ」
「弱くなんて無いよ！」

頭を下げかけたイリスを止めたのは、シェリナの叫びだった。

「イリスは弱くないよ！　すごくしっかりしてるし、あんな連中にだって一歩だって退かないし！　あいつらに言った事、やったこと、全部覚えてるよ！　ほんっとスカっとしたもん！　ただ……ただ、ちょっとだけ運が悪かったのよ！　事故よ事故！　あんなの！」

早口でまくし立て、ばんばんとベッドのシーツを叩きながらシェリナは怒っているようだった。

「だから謝ったりしないでよ！　そんな必要なんてないもん！　……ゆ、許してくれたら、それで……！」
「え、えぇ……勿論、許すわ。何も問題なんて無い。最初からなんにも無かったのよ。それで、二人とも良いでしょう？」
「うん！　それでいいの！　……もう絶対しないから！　約束するよ！」
「……悪かった。二度としないよ、ご主人様」

それぞれ頭を下げるエンブリオ達に、イリスはようやくいつもの調子を取り戻し始めていた。
戸惑い、驚き。それらが薄れて残るのは、『喜び』。

「それにね。むしろ、貴方達にはお礼を言わないといけないわ」

二人は驚きに再び目を丸くする。

「だって、自分のエンブリオとお話したいって。……夢だったの」

緊張が抜け、とても嬉しい事態が舞い込んできた。

「あ……」

それは自分のエンブリオにとはいえ。

「……嬉し涙、なんて」

イリスは初めて、他人に自分の涙を、見せた。

怪我の様子を真剣な目でみながら歯軋りを漏らす、が命に別状がない様子だと判断すると、意図的に明るさを混ぜたように言う

そういうと何処からともなく水晶玉のような物を取り出し、この間買ったのよと言いながらその場に座り込んだ
時折ぺちぺちと叩いているが、その姿は猫が遊んでいるようにしか見えない

後そうねと続けながら、大きい物から細かい物までとめどなく上げ続ける

/N0右腕の調子を確かめつつ、傷のふさがりを実感しているようだ……。