伸びはじめた髪に刃を入れる。
ざぐん、という手応えと共に、髪の束が手の内に落ちた。

またひとりになった。
それでいいのかもしれない。それで、いい。

やはり私は、他人と深く関わりあうのが怖い。どうしても、信じ切れずに怯えてしまう。

例えばそれは、私に水を手渡してくれたその手で、執拗に鍬を振り下ろす姿。
誰かに向ける笑顔と、誰かに見せる憤怒の顔。貼り合わされた裏表。
きっとどちらも嘘のない本当なのだ。ひとは、そうして生きていく。

父も。

父もあの手で、誰かに、慈愛を示したことがあったのだろうか。
私の髪を切り落とした、あの手で。

まだかあさんが生きていたころ、背の半ばまであった黒い髪。
それが腰まで伸びるたび、そっと鋏を入れて、流れ者の商人たちに売っていた。
私とかあさんの数少ない生きるたつきのうち、私がたったひとつ、かあさんに迷惑をかけずにできること。
だからこそ髪だけは、ずっと大切にしていたのに。

思い出せるのは、断片的な記憶。

掴まれた髪のうち、何本かが抜けて何本かが切れる。
反射的な抵抗。振り回した手が力なく父の身体に当たる。
痛みなどなかっただろうに、それでも父は容赦なく私の頬を打ち据えて板の間に放り出す。
背を踏まれるような衝撃。
もう一度掴まれた髪が、首が仰け反るほど強く引かれる。
そしてその痛みも、髪の重みも、ざぐっ、という音と同時に呆気なく、なくなった。

かあさんはその夜、無惨に切り取られた髪の先を整えてくれながら、ごめんねえ、ごめんねえと繰り返していた。
あの、悲しそうな目。髪を撫でる手に染みついた疲れ。
それを深めるくらいなら、もう、二度と髪は伸ばさないと決めた。

手のひらを開くと、ばらばらと髪が風に散っていく。
誰かを信じる気持ちが、切り落とした髪の分だけ、また、失われる。