フェルハトという男は、『職人の世界』ウォートフラックの出身である。





初めて彼に会ったのは、その中心都市バザロスアに仕事で訪れていた時のこと。


宿で翌日の準備を整えていたところ、
ただいまーと明るく帰ってきた隊長の肩に、
荷物のように担がれていた重症の少年が、彼であった。



何事だと血相を変えて詰め寄る俺を完全に無視して、

「こいつ隊員にするから手当よろしく！」

と満面の笑顔で告げてきたのが我らが隊長は、自由闊達と言うには、恐らく度が過ぎている。







少年の怪我は、幸い命に別状はなかった。


主な負傷は腹部への刺傷で、他全体的に打ち身や裂傷などでぼろぼろであったが、
治療術に関しては人並み以上の腕があると自負しているため、
後に引き摺らない程度まではすぐに回復することができた。


ただ、彼には右腕がなかった。

これはこの度の負傷ではなく、もっと古い物。
二の腕の中間辺りから下には何もなく、
恐らくは病気か怪我の類で切断したもののようであった。






翌朝早々に出掛けていった隊長に対し、
俺は仕事の予定を全て潰して一日宿に残っていたが、
彼が目を覚ましたのは夜だった。



気分はどうだ、痛みはあるか、と訊ねると、
少年は自分の体の具合を確認して、
あんたが治してくれたの、と逆に聞き返してきた。

そうだ、と答えたものの、自分の人相が良い方ではなかったことを思い出して、
怪しいものではないことを説明しようとしたところ、
そこに丁度良く隊長が帰ってきた。




よう、起きたか新入隊員！と軽く挨拶されると、
少年はぎょっとしたような顔で、あんたあれ本気だったの、と返す。

男に二言はねぇだろ？あんのか？あ？と詰め寄られて、
観念したように、ないよと呟いた。



だから何があったんだと訊ねる俺に対し、
隊長は上機嫌に「別にぃー」と答えるばかりであるし、
少年は不機嫌に「……別に」と答えるばかりであったので、
当面は訊いても無駄だと判断して諦め、
とりあえずもう一晩休むように言った。




次の日には、彼はベッドから出られる程度には回復していたため、
とりあえず基本的な事柄から埋めていくことにした。

正式に入隊する意志があるのか訊ねると、
そういう話になってるんでしょ、と返す。
なかなかに生意気な少年であった。



名を訊ねると、「フェルハト」とだけ答える。


ウォートフラック人かと問えば、そうだと言う。

ウォートフラック人には、姓と、ミドルネームもあったはずでは？と問えば、
一呼吸おいてから、じゃあ俺はウォートフラック人じゃないんじゃないの、と言った。

その時の彼の瞳は、安直に言えば、
愛と憎しみの間でどうにもならないことを悔しむかのようなもので。
それがかつての自分にとてもよく似たものだったため、
自分にはそれ以上何かを訊くことはできなかった。



そこに連名する時に格好付かないから適当に姓もつけようぜ！と隊長が割り込んできた。


何でもいいよ、という彼に対し、
よーしじゃあ俺の苗字やろうか？と隊長が持ちかけると
やっぱり何でも良くないんで勘弁してくださいと丁重に断った後、
少し考えて、

じゃあ、クトラ、でいいや。

と言った。




クトラと言えば、ウォートフラックの中では有名な刃物鋼に
クイルッカル鉱床のクトラ鋼というものがあったはずだが、
少年はそれ以上何も言わなかった。
また、それについて何も言わなかった。
必然的に、俺は何も聞けなかった。





こうして隊商"ギュネス"、隊員番号005に、
フェルハト=クトラという名が記されることになったのである。































































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隊商ギュネス　業務日誌記入用紙
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■本部より連絡欄■（記入者：ジェイ）

　　昨日は日誌を送れなくてすまなかった。
　　執務室が半壊して、そっちの対応に追われていた。

　　事情は言わずもがなだ。

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■報告事項■
　特筆事項なし

■詳細■
　特筆事項なし

■その他感想等■

　　察した。片づけ頑張って。

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財宝の匂い、という言葉に、値踏みするように男を見る。