ここ数日、忙しい日が続いている。
僕達は部隊の立て直しに追われ、金策に走っていた。

そんなある日、報奨金をもらいに大本営まで行くことになった。
我が君曰く、
『隠居老人の話し相手をしてお小遣いをもらう』
だそうだけれども、何故あの人は戦術を変えなかったんだろう。
……認知症？いやまさか。

そんなどうでもいい事を考えつつ、
一揆参加者に割り当てられた手紙箱を確認しに行く。
我が君は分割世界の人だから何も来ないだろうけれど、
僕はちょっとだけ当てがある。
親だったらどうしよう。

僕は書類上、この一揆軍には存在していないのだけれども、
ルリアンナさんにしつこくお願いして、
彼女だけには我が君の名前を通して連絡できるようにしてもらったのだ。

……我が君の貴金属ってあといくつ残っていたっけ……。

考えているうちに、預かり所に着いた。
古びた木箱には、手紙が一つだけ入っている。
薄い桃色の封筒に、インクで綺麗な字が書いてある。

『親愛なるミハイルへ　貴方は今、元気ですか？』

彼女の名は、イネッサ＝ザミャーティナ。僕の恋人。
我が君と契約した日に、郷里に置いてきた人だ。

『貴方が村を出てから何日経つかしら。
　こちらは何事もなく平穏です。
　ただ、新しく来た貴族の奴等が悪さをして大変です。』

王がネクター産地を管理する貴族を直接派遣して以降、
僕の村で平和はなくなったと言っていい。
村人は奴隷のように扱うし、貴族の使用人が好き勝手をするのだ。
虎の威を狩る狐のくせに、反吐が出る。

彼女は、酷い事をされていないだろうか。
税関の娘に手を出すとは思えないけど。

……そういえば、彼女と出会って1年が経つ。
夜でも浮かぶ紅い花びらが、まだ瞼に焼き付いていた。


◇◇◇


最初に会ったのは、父に連れられたパーティー会場だった。

貧民を後目に贅沢を貪るさまを見に行くのは嫌だったが、
父はこの集いには意味があるのだと言っていた気がする。
金は寂しがり屋だから仲間を求める、みたいな話だったか。
僕にはよく分からないけど。

父と兄が話をしているだけで、楽しいことなんて何もなかった。
一区切りした所で、少し広いテラスに出る。
2階建てから眺める景色は、気持ちよかった。

「そこで何をしているんですか？」

妖精のように軽やかな声だった。
振り向くと、そこには黄金色の長い髪の少女が居た。
軽く会釈した後、少女は僕の隣に立つ。

「つまらなそうね。」

かすかに微笑む。長い睫毛が少し揺れた。
こんなに『可愛らしい』という表現のあてはまる娘は会った事がない。
気取らないけど、上品な印象だった。

「……こんなくだらない集まりをする位なら、もっと領民を救えばいいのに。」

思わず本音が出てしまった。
彼女は困ったように、ちょっとだけ俯く。

「本当にね。貴方の言っている事は正しいわ。」

手摺りにかけていた僕の手に、小さな手が重なった。


「私はイネッサって言うんです、よろしくね。」


僕は初めて、この世で天使を見たと思った。

◇◇

イネッサと名乗った彼女は、少しだけ自分の事を話してくれた。
この領域が管轄の、税関の娘だそうだ。
このパーティーにも父親に連れられて渋々参加したらしい。

僕も軽く自己紹介しておく。
商人の息子であること、今はいろいろ勉強中であることなど。
彼女は相槌をうちながら聞いてくれた。

ひとしきり話した後、テラスから見えた花畑に行こうと誘った。
彼女は喜んでついてきてくれた。
彼女の手を繋いで、すこし早足に進む。

「ここは……。」
「この屋敷の庭園の一部だろうね。
　花はまぁ……僕らの村ではありふれているかな。」

そう言って苦笑する。

「きれい……こんな幻想的な光景は初めて……！」

月光に照らされる紅い花々を見ながら、彼女は目を細める。
僕は、繋いでいる手に力を込めた。

「今度、花畑を見に行かない？
　僕の家の近くに、同じ花が沢山咲いている所があるんだ。」

彼女は満足そうに微笑むと、大きく頷いた。


◇◇◇


それから幾度となくお互い会ってきて、今に至る。
立場が違えどいずれ結婚を考えている人、それがイネッサだ。

『そちらはちゃんと戦っているかしら。
　ミハイルは強いってわけじゃないから、心配よ。
　あと『干渉者』とは上手くいってる？
　女の人みたいだけど、大丈夫？』

頬がゆるむ。これってヤキモチだろうか？

『戦う女の人なんて想像つかないけど、
　ミハイルは流されることなくしっかりしてくださいね。
　大人なんて何言うかわからないんだし。
　無事の便りを待ってます。』

少し気丈な所は相変わらず変わっていないらしい。
読み終えた手紙を胸ポケットに大事に仕舞い込む。

こちらの王政軍も強敵がぞくぞく出てくるけど、
彼女は無事でいるだろうか。

あの貴族は若い女の子を集めて道具のように使うという。
よくない噂しか聞いたことはないし、心配だ。
僕が帰るまで、何事もなければいいのだけれど。

今日も教会で祈ってくれているだろうか。
僕は腰につけた荷物袋から紅い花びらを少々取り出し、強く握りしめた。



To Be Continued......

机の上に一枚のメモ書きが置いてある。
書かれている文字は、『たいばに　らいぶびゅー』。

アムルィは無表情のままアリクイさんの頭部をバジリスクの視線と交差させる．