■ 水蛇

珍妙な光景だ。
城内を流れる小川の一角、鬱蒼と茂る森の中。
一見して沼だか水溜りだかわからない水面の前に一体の彫像があった。

彫像はその沼だか水溜りだかわからねえものを見張るように立っていた。
その像はやたらにいかつい顔と変梃な服装なおかしな奴だ。
そんなものをわざわざ置く程の場所ではなさそうなんだが。

と、良く見ると彫像はのそりと動いて顎を掻いていた。



事の発端はやはり乾分のハチベが持ってきた噂話だ。
曰く、この近くで透明な蛇が現れて人を襲っているらしい。
川辺で野営していた一揆隊の者たちが語ったところによると、
その蛇は水辺の草むらから突然現れて隊のひとりを丸呑みにしてしまったということだ。
口は大の男をぺろりと飲む込める程に大きく、体は尻尾が見えない程に長い。
そいつは水のように透明で、そして川の方へ這っていったかと思うと跡形もなく消えちまった。

「相変わらず嘘くせえ話しばっかり仕入れてきやァがる」とマニー親分。
だが念のためと一行は噂の川沿いを歩いていたら、こりゃあ驚きだ。
じめじめした木陰の間を流れる川の岸の湿った土に、確かに大きな蛇が這いずったような跡があった。
「おめえはまぐれ当たりがあるからなァ」と親分はハチベの頭をぽんと叩いてその跡を追い始めた。

畝間のように土がへこんだ跡は曲がりくねりながら川岸を進んでいた。
川から離れたり戻ったりとしばらく続いていたが、それはついに藪の中へと入っていった。
そして見つけたのがこの沼だか水溜りだかわからないものだ。
跡はこの沼だか水溜りだかに入り込むようにして消えていた。
だが噂の蛇は影も形も見当たらねえ。
水溜りは腰ほどの深さで澄み通っており隠れようもない。

「まあだが、ここに何かあるのは違えねえようだな…」と親分は考え込んだ。
蛇は川へ引き返したのか空でも飛んだのか、とにかくここだけが手掛かりだ。
そこで、一行はこの沼だか水溜りだかわからねえもんを見張ることになった。



「どうでえ、何か動きはあったけえ」と親分が木陰から出てきてハチベに訊いた。
「いや、特にねえですね」とこれまた木の影から石像と水面の睨み合いを見ながらハチベが答えた。
「しかしトメの野郎、流石に石像だけあってほとんど動きやがらねえですぜ」と感心している。

水面の見張りは始めは全員でやっていた。
だが半刻ほど経っても何ひとつ動きがないんで一行は痺れを切らし始めちまった。
そこで順番に休憩しようってなったのだが、そん時にのそのそと手を挙げたのがこのトメキツだ。
こいつは石像に命が宿ったってぇえんぶりおで、普段はほとんど喋らねえ。
だからこそひとりでじっと見張りをするのは得意なようで、もう半日近くもああしている。
だが相変わらず水面にゃあ何の動きもなかった。

「親分、あっしから言っておいてなんですが、ありゃもう何もねえんじゃねえですか？」
と、トメキツより先にハチベが音を上げようとしたのだが。
「いや、あすこにいる以上、奴は必ず動くぜ」と親分は自信ありげに言い切った。
「奴って、何もいやしまぜんぜ」とハチベは相変わらず目を丸くしている。
「莫迦だな、出てった跡がねえ以上、あすこにいるに決まっ………」

と、マニー親分が言おうとすると同時に、トメキツがついに動いた。
石像とは思えない意外に素早い身のこなしで水面から離れたのだ。
それもそのはず、さっきまで水溜りだった場所には本当に透明の大蛇が鎌首をもたげていた。

「やっぱりな、何処に行ったわけでもねえ、あの水溜りじてえが化け物だったてえことだ…」

という親分の絵解きも束の間、水の塊は一行に襲いかかってきた。

ぺこりとお辞儀をするとアリスの元へ戻った。