山と海に挟まれた小さな貿易都市。
王城から離れてはいるが、様々な店の立ち並ぶ市場は人や物であふれていた。

市場を歩く、年若い女性と小さな少年。
年の離れた姉弟といった風の2人連れ。
楽しそうに先を行く女性は、明るい銀色のロングヘアーに青を基調としたロングスカート。
遅れまいとその後を追う少年は服こそ暗い色目だが、白いショートヘアは光を受けて青や赤、黄色の光沢を放つ。

食器や小物といった雑貨を扱う露店が立ち並ぶ一角を通り、布や衣類を扱う並びを抜け、2人が足を止めたのは食材を扱う店の前だった。
露店には色とりどりの果物が並べられ、みずみずしく輝くような物から保存用に乾燥させたものまで種々様々に取り揃えられていた。
店主と思しき男性は先客と話をしており、店の隅では青年が一人品出しをしていた。
髪には所々蔦のようなものが混じり、服から覗く腕は何種類もの植物で覆われてる。
おそらく植物系のエンブリオなのだろう。

「こんにちは」

女性が声をかけると、青年はちらりと2人の方に顔を向ける。
が、青年が答えるより早く、店主と思しき男性から声がかかった。

「おう、いらっしゃい。
　何か探し物かい？」

先客はどうやら、用事を終えて帰ったらしい。

「何を探しているわけではないのだけれど、この辺りに来ることが少ないものだから。
　特産の物があれば、教えて頂けると嬉しいのだけれど。」

「そうだな、今はこれとこれ、あとは姉ちゃんの手元にある黄色いのなんかだな。
　そっちの赤いのは乾燥させた方が食べやすい。
　珍しいやつといえば―……そこにかけてあるやつなんかだな。」

店主が指差す方向には、茶色い果実が等間隔で紐に結びつけられ、吊るされていた。
興味をひかれたのか、少年がそれをじっと見上げる。

勧められた果実をいくつか頼むと店主は手早くそれらを袋に入れ、赤と黄色の果実の入ったやや大きめの袋を女性に、茶色い果実の入った小ぶりな袋を少年に手渡す。
女性から代金を受け取りながら、店主は思い出したように話を振ってくる。

「そういやな、最近王都周辺でネクターの流通量が減ってるらしい。
　ってのは、この間　市場で会った花屋の話だけどな。」

「お花屋さんが？」

「餅は餅屋、花は花屋、ってな。
　手に入れにくくなった気がする、って話さ。
　ネクターが減りゃ、エンブリオとの契約も難しくなる。
　ここいらのような田舎までは、そうそう影響が出るもんじゃないが―……」

「なるほど、そうなれば俺もこんな暑い店で仕事しなくてすむわけだ。」

と、エンブリオの青年が手も止めずにしれっと言い放つ。

「この薄情者が。」

どこか投げやりに言い放たれた店主の言葉にも、青年は一向に動じる様子はない。
やれやれといった様子で、店主は2人の客に向き直る。

「こいつみたいな奴等ばかりじゃないだろうが、姉ちゃんたちもエンブリオと契約してるんなら気をつけなよ。」

「えぇ、ありがとう。
　店主さんも気を付けて。」

笑いながら返すと、店主はまったくだ、と溜息をこぼす。
その様子に果物を並べていた青年が、堪えきれずにくっくっと笑い声を漏らしていた。




市場の喧騒の中、並んで歩く女性と少年。
その歩調は遅くはないが、一歩一歩を踏みしめるように進む。

「テルル」

スカートの裾をつかみ、少年は不安そうに女性を見上げる。

「そうね。
　ネクターが減ってよかった、と思う人たちもいるのかもしれないけれど。
　私たちにはとても喜べない問題だわ。」

テルルと呼ばれた女性の顔には先程までの笑みはなく、前を見据えたままの眼差しも真剣だ。

「正確な情報だとわかるまで、グレイたちには話してはダメよ。
　あの子に心配をかけたくないし、それに―……。」

何かを言いかけた唇は、わずかな思案の後にその先の言葉を紡ぐことなく閉じられる。