風に鼻をくすぐられて、くしゃみがひとつ。

ケープのフードを掻き合わせ、少し離れた場所の彼を見遣る。
陳情に行く、と己の事情に完全に付き合わせる形で巻き込んでしまった彼。
だというのに、抜け道を見つけてもまだ、城を目指さず川沿いを歩み続けている己。
兵士の罵声をまだ引きずっているのだろうか。
無意識に、王に会うのを恐れている？

自分のことだというのに、自分の心が量れない。そうだとも違うとも言えない。

とはいえど、渦中にいるはずのこの一揆の現況も聞こえてこない。

他にも沢山の人々が王を目指して攻め込んでいるはずなのに、行き合わせた他者に問うても、状況を把握している者はいない。
この一揆を取りまとめているはずのラルフとルリアンナも、動いたという話は聞かない。
それでもかろうじて聞こえてくるうわさは、一揆に加わった勢の中に、人を襲う者がいる、というもの。
それから、襲い掛かってくるエンブリオ達には、新王を慕う者も多くいるらしい、というもの。

少し離れた場所に立つ彼を見遣る。

首もとを覆う厚い布、出会ったときから肌身離さぬそれを押さえて立つ姿が見えた。
寒気は首筋から忍び込んでくるという。
今夜の食事には、暖かいものを出そう。
手元にあるのは捌き終えたスターゲイザーがあるが、さて、献立は…。

爪に描かれた緻密な模様に、感激したような声を上げた。
石英を使用したそれはキラキラと角度によって輝いて見える。
付加の力を利用したからだろう、異形化してもそれは消えない。

出来上がった甘露煮をお皿に並べ、残りは保存用に詰めながらうっとりと。
だが、途中で我に返ったように表情を改めて。

あっという間に表情を緩めてしまって、大切そうに鞄を撫でている。

｢だって、あたいが治すって決めたから！」
傍から見れば頼りない理由だが、迷いも不安も一切ないらしい。
ハーブについて聞かれると、得意げに―

物騒なものも含まれているが、次に会ったときは何かしら持ってくるだろう。
…具体的には、次のメッセあたりに。

　と、ヤドランカの足に視線を向けながら、少し心配そうに問うて。

　少し、気恥ずかしそうに笑った。

　そうでもなかったら、歩き辛そうな彼女たちが、わざわざ一揆に参加するとも思えなくて。

帝王イカの大きさに、ぽかんと口を開けてただ見上げていたが、ベルフィの登場にハッと我に返った。

彼のコートの背をくいくいと引いて。

既に倒した気でいるようだ。