「百回駄目なら諦めればいいのに、と思うのだけれど百一回目を信じてるんだもの」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―――― 確率の話にて

女王陛下が珍しく戦闘中に声を上げた。ちらりと視線を向けた先ではチドリがカッパに斧を振り上げている。
誰も止める必要を感じず、次の瞬間には勢い良く振り下ろされた斧が強かにカッパの頭を打ち据えていた。
形容しがたい嫌な音が響く。ゴン、などという優しい音ではない。

不思議そうなチドリに女王陛下はなんとも言えない表情を浮かべた。苦笑のような驚きのような微妙な顔だ。
久々の勝利を収めた戦闘の事後処理をし、各々がカッパに契約を迫り始めても女王陛下は動かない。
全員が思ったとおりに契約を結ぶのを待ち漸く足を向けた。一メートルほど離れて地面に伸びているカッパの前に立つ。
そして指先だけで私に要求を伝えると、要望通りに持ち上げられたカッパの頭部を検分し始めた。

カッパはさっきまで痙攣していたはずだが既に何の動きも見せない。女王陛下は何やら頷き、魔力の槌を顕現させる。
意図を察してカッパの頭部をやや斜めに持ち上げた。白く柔らかな腕が冗談のような素早い動きで槌を振り下ろす。
乾いた音は思いの外澄んでいる。耳を楽しませるその音を響かせた結果、三つに割れ目の入っていた皿は見事に粉砕された。
同時にカッパから魔力ではない力が溶け出していくのが掌から伝わる。目で捉えたのは蒸気のような白い靄だ。
紐か鎖のように細く伸びたそれを女王陛下が掴む。勝手知ったると言わんばかりに思い切り引く。
形容し難い音を響かせカッパから何かが引きずり出された。

男とも女ともつかない顔。切り揃えられた前髪とは対照的に他の髪は風もないのにばらばらに浮き上がっていた。
朧気だった胴体は徐々に鮮明になり細い肢体が形作られる。やはり男女の判別はつかないが。
纏った衣服は変わったもので、女王陛下が戯れに見せてくださった『巫女装束』に似ている気がした。
両手を組み、女王陛下に髪を一房掴まれた状態でちらちらと私達を見上げる。そっと目配せをすると女王陛下が頷いた。

勢い良く背筋を伸ばし、髪が引っ張られて二倍の勢いで元に戻る。ひとしきり痛がったあと改めて正座した。
髪が引っ張られないよう女王陛下の方を向いているそれの後ろで青白く輝く珠を飲み込む。
再び飛び上がったそれの頭を押さえて女王陛下に向けさせた。

基本的に女王陛下の手を煩わせる訳にはいかないため私が契約しているが、女王陛下が望むのならばその限りではない。
キラーウルフだけは特例だったと言うべきか。エンジェル、ゴレムとの契約は望まれなかったため私が結んでいる。
女王陛下は『水の神』の頬をなぞり、瞳を覗きこんだ。たじろぐ頭を掴んで固定する。

最後の言葉は『カーラ』へ向けたもの。カーラはこくこく頷き、おずおずと聞いてきた。

驚くほど素直に頷いたのは水の神だから純粋だとかそういうことなのだろうか。或いは引くに引けない、引く先もないからだろうか。
そんなことはどうでもよく一先ずカーラを立たせた。身長は女王陛下より少し高い。肉のない体はどちらかと言えば男だ。
また生命力を貰えなかったヴィンテが突撃してくるのを受け流して紹介する。今日から入った給仕だと。

無口な同行者たちとは正反対の賑やかな従者たち。その背中を見、女王陛下に付き従い歩き出す。



舌で口内をまさぐれば鋭く尖った牙に触れた。

眉を八の字に下げて目を瞑りツンツンされるがままに。

心なしか触れられているのが嬉しそうに見えなくもない。

照れくさいのか目を逸らして若干顔をそむけた。