―――バンッ！
「ぎゃあ！」
―――タァン！
「うおお！」
―――ドン！
「うぎゃあああああ！」

「あの……アールさん」
アールの銃声さながらの悲鳴に頭を押さえながら、チセはようやく銃を下ろした。アールは離れた木の陰でまだ硝煙の揺れる銃口を睨みつけている。その足元には、先ほど襲ってきた魔物。すでに息絶えている。

「…さっきから、その、なんなんですか」
「ばか！そそ、それをこっちに向けるな！」
「これですか？」
「だからやめろお！」
アールは銃を横目で見ながらずいぶん怯えた様子だ。獣を見ようが虫を見ようがびくともしないこの少年が、鉄の塊を前にして全身でがたがたと震えている。その表情は例えるなら、今まさに狩られようとしている獲物のようだった。震えながらも、フーフーと顔にしわを寄せ威嚇をしている。銃に向かって。
「大丈夫ですか……」
「チセは平気なのか！そんな危ねーもん持って！」
「扱いには十分気をつけているつもりなんですけど」
まさか誤射や流れ弾に当たったわけではないだろう。それでもアールはチセの言葉に耳を貸そうとしない。
「すげー音するし。それにその煙、鼻がおかしくなりそうだ！」

アールの故郷が外の世界より文明的にかなり遅れているというのは、その言動からチセも十分察していただろうが、今までならば初めて見たものには喜んで飛びついていた。どうやら銃はそうはいかなかったようだった。
「もう銃はしまいましたから、でてきてください」
「生き物、じゃないんだよな？」
「銃、っていうここの世界での武器ですよ」
「なあチセ、俺、それだけはどうしても好きになれないんだけど……」
アールはおずおずとチセを伺う。
それに対しチセはカバンの中から覗く銃を一瞥してから、肩をすくめてみせた。
「でもわたし、これしか持ってないですし」
「大丈夫。俺がもっといい武器教えてやっから！」
笑顔でそう言ってアールはチセを連れて茂みの中へと向かった。

数十分後。アールは森で見つけた手頃な丸太の前にしゃがみこみ、黙々と何かを作っていた。手馴れているようで木はどんどん形を変えていく。時折レゥカルの力を借りながら削り出しできあがったものを、アールは満足げにチセの前に掲げてみせた。
「よーっし！どうだ！」
そこにあったのは小ぶりだが立派な弓だった。

「矢については俺のレゥカルが作ってくれるから心配ない。羽一枚につき一本だ」
「でもわたし、弓なんて使ったこと…」
「だから俺が今からそれを教えるんだって」
アールは腰を上げるとチセに弓と矢を手渡した。少し戸惑ったチセの様子を見かねて、アールは弓に手を添えてチセに持ち方を促した。
「足は平行にして。そんで弦は胸に向かって引くんだ。手首を曲げたらだめだぞ、勢いがつかないから」
チセは言われたとおりにゆっくりと弓を引いていく。キリキリと弓のしなる音が耳に伝わると、思わず力を緩めそうになったが、アールはすかさずチセの後ろに回って、弓を引く手を上から握った。
「もっと引いても大丈夫だ。じゃああの木を狙うから、背筋伸ばして、一回深呼吸な。いいか？いち、にの、さんで離すぞ。左手でしっかり持って、集中して、獲物をよく見るんだ」
「は、はい」
「いくぞ。いち、にの……」
さん！で矢が勢いよく放たれ、目標の木の幹めがけて迷いなく刺さった。それと同時に鈍い音と共に土煙が舞う。
勢い余って倒れたチセが、ゆっくり目を開けると、アールが下敷きになりながらもチセの体をしっかり抱きとめていた。

「おい、だいじょ」
目が合うなりアールは言葉を飲み込んで、その拍子に喉の奥で小さく唸った。
目と鼻の先にあるチセの顔を捕らえて、さらに顔が一気に熱を持った。灰色の瞳がじっとこちらを見ている。

アールはまばたきも呼吸も忘れ、チセの体温と女の体の柔らかさにめまいを起こし始めていた。全ての五感が一点へ根こそぎ持って行かれているようだった。
「ご、ごめんなさい。あの、怪我は」
「……え、あ…」
「アールさん？」
「へっ！？あ、なんでもない！大丈夫！全然！平気！」
我に返り裏返った声で返事をするも、アールは身動きがとれないままやり場の無い手をひっくり返った亀のようにバタバタと動かした。
「ち、チセは？」
「なんとも。アールさんが下にいてくれたので…」
「そうか。ならいいんだ……」
チセが上から退くのを見届けても、アールはなかなか起きようとしない。

「やっぱり私に弓は……」
チセが俯いて、アールは飛び起きた。
「そんなことねーよ！練習すれば上手くなるって！俺がちゃんと教える！」
「そうですね…せっかく作って頂きましたし。大事にします」
「お、おう」
チセの笑顔にアールはつい目をそらす。
「アールさん。顔が赤いです、やっぱりどこか……」
「別になんでも……」
言いかけたところで、アールは下腹部に違和感を感じて、その原因に気づくと慌てて立ち上がった。そして、逃げるように茂みへと走り出した。

「あ、アールさんどこに！」
「小便！」
チセが大声で呼び止めるも、アールはそのまま風のように消え、しばらく戻ってこなかった。

【アール、チセ、サラミスと三人同じ場所に揃っている状況だと思いますので、
　同じメッセージをお二人にお送りしています】

チセに顔を覗き込まれて、驚いて尻餅をつく。
驚きは下が、腕を振り払うほどの警戒はしていないらしく、のばされた腕は受け入れた。
…背中にも何かしらの傷があるらしく、一度ビクリとはねて痛がったが、次第に落ち着いていった。

（さっき明らかに痛がったのにまだ何かかっこうつけているようだ）


まだ落ち着かない様子ではあるが、食事が用意されるようなら大人しく出来上がるのを待つだろう。
強く申し出られれば、手当ても拒絶はしない。


（チセには聞こえないように、アールを引っ張って）

（無駄にきょろきょろ周囲を見回して、一層声を潜めて）

誇らしげに、どこか嬉しそうにも見て、聞いて取れた彼の言、声音に、思ったまま。

姿も、夢ん中でしか見たことねーんだ、と、話す自分自身もよく分からない、と言うような顔。

随分と失礼なことを呟きつつ、彼の反応から、知らないのだと決めつけたらしい。
何かと説明するより、食べてもらった方が早いだろうと判断した後、パカリ。と。
箱を開けたなら、はい、とそれを彼に差し出した。

揺れながら、腰に手を当て、胸を張り。

頭が爆発しそうだ、と眉間に皺を寄せるアールを眺めるうち、
内心ホッしたような気がして、少し申し訳なくなる。

――「そういえばお前らに襲われたんだっけ」だの、「次は鉄鍋でぶん殴ってやる」だの、
先程から少年の回答はこちらの意図するところをさっぱり汲み取ってくれないものばかりで、
そのあまりの緊張感のなさに、警告の意味を込めてほんの少しの脅しをかけてみたりもしたが、
やはりそれも「びっくりした」の一言で流される。

つまるところ、全く会話が成立していない……ブラックは内心で呆れ返った。

考えること、暫し。
そうして程なくして答えに行き当る。

瞬間、前方をゴキゲンで歩む相棒が大きなくしゃみを一つして
その隣の少女に心配されていたりもしたが、少年はそれには気付かなかったようだ。
無邪気な主張を揶揄するようにチクリと一言刺してやれば、
少年はここで漸く一転して神妙な顔になった。――人の負の面を肯定する言葉と共に。

そこで、少しの間言葉が途切れる。
しかし何と返答しようか、そう迷っているように見える少年の表情を認めると、
ブラックはふっと息を吐きゆるく笑った。

+　+　+


――そうしてその後もあれこれと語り合いながら歩みを進めていくと、
やがて鬱蒼と茂る森の木立の向こうに明るい光が射すのが見えた。
……森の終わりだ。

言って、少年の背負っていた大きな鍋をひょいと下ろしてやる。
重みから開放されて息を吐く少年の様を見て、くすりと笑いが漏れた。

チセはぽかんとしている。

少女はソワソワしている。