「……さすがに、危険なルートと伝え聞くだけのことはありましたわね。
　　一筋縄ではいかない厄介な相手ばかりですこと！」


　……………

　日中にも関わらず、陽の光よりもまたたく星々のきらめきが峰々の狭間から降り注ぐ、山間いの道。
　城の裏手に繋がる険しい道は、わずかな腕自慢達が先行するのみで、未だ城への抜け道などは発見されていない。
　棲まう生物も他の方面より一段と強力であり――それは他に比して強力なエンブリオと契約し得ることも意味してはいたが――、好んでこのルートを突き進む一揆勢は、極少数に限られている。
　“人形使い”ら一行も、このルートを積極的に踏破する目的ではなく、数日前に思わぬ撤退戦を強いられた出遅れ分を補うべく、強力なエンブリオとの契約を目当てとして踏み込んだわけであるが……


　一行の前に立ちはだかったのは、自らを癒す輝く翼をもつ聖馬と、風纏いし凶暴な面構えの飛竜。
　その後方には、幻惑の術を得意とする不気味な妖魔どもが一対。

　決して侮ってはいなかったものの――戦いは、想定を超えた長期戦にもつれ込んだ。

　早々に前列の幻獣どもを駆逐しようと放つ攻撃は、しかし幾度となく後方の妖魔によって的を逸らされ、時には同士討ちをも誘発されて少なからず味方にまでその被害が及ぶ。
　未琴の回復術をもってしても、妖魔どもの立て続けに放つ幻惑術の前には焼け石に水。同士討ちと敵の攻勢でみるみる失われる体力をかろうじて留めつつも、そのまま戦線を突き崩せなければ、いずれ押し切られかねぬ――
　その均衡が破れたのは、聖馬が攻勢から守勢に転じて防御結界を張り巡らせた、その一瞬。

　敵の圧力が弱まった瞬間を逃さず、[仔犬]の重打と董琉の斬撃が、妖魔の妨害をすり抜けてようやく聖馬を捉え行動不能に追い込んだのとほぼ同時。
　“人形使い”が巧みに仕掛け続けていた『罠』が、後方の妖魔どもの片方をその餌食にしたことで、ようやく趨勢は決した。

　防御結界に守られた飛竜も、前線で孤立した状態では護りの優位を活かすに至らず、ほどなく地に墜ちる。
　残る妖魔１匹に戦況を覆すだけの力はなく、幻惑術でさらに幾度かの同士討ちを誘うも、冷静に狙いを定めた董琉の剣閃で吹き飛ばされ――その先で発動した“人形使い”の電撃罠に全身を灼かれ、勢いのまま谷底へと転がり落ちていった。

　……………


　「ちょっと……危ないところだったわね……
　　みんな大丈夫？　酷い怪我とかはしてない？」

　「ああ。少し手傷は負ったが、進むのに支障があるほどじゃない。
　　嬢こそ、かなり息を切らしてるようだが……どこか痛めでもしたのか？　ならすぐに手当を――」

　「あ、ううん、私は大丈夫！
　　向こうからの攻撃は、そんなに受けてないし。
　　……えっと、その、そうだ！　リトルは大丈夫？　マリアは？」

　「――No Problem. 物理損耗率は許容範囲内。感覚器への干渉による障害も、残影響は軽微。
　　短時間の処置で作戦行動に復帰可能です」

　「大した怪我はしてねェ、ちょいとばかり頭がぼーっとしてる程度か。かすり傷はツバ付けときゃ直る、とよ」

　「そ、そう。ならいいけど……」

　「不可抗力とはいえ、[仔犬]ちゃんに仕掛け罠を間違って当ててしまうなんて……！
　　ああ、もう、わたくしとしたことが！　屈辱ですわ、悔しいですわ、恥ずかしいですわッ。
　　このわたくしともあろう者が、不甲斐無くてごめんなさいませねぇ」

　「……うん。マリアは大丈夫そうね。安心したわ」


　黒のドレスをほとんど乱すでもなく、己の不手際について大袈裟に嘆き続ける“人形使い”にちょっとだけ呆れたような口調になりつつも、未琴は一同を見渡して安堵の息をついた。

　ある程度の間合いをもつ鎖が得物の[仔犬]も、その打撃力と武器特性を活かすには、敵対象の近接距離に入り込む必要がある。
　必然的に、防御行動と併せて頻繁な移動を戦闘時に要するためか、幻惑による同士討ちの頻度が彼我ともに最も多かったのが彼女であった。
　逆に、『人形』と各種仕掛け罠によって戦場となるエリアの半ばを「射程内」に収めている“人形使い”は、最前線を『鎧の人形』に任せて自らは一歩引いた位置に立つことで、同士討ちで受ける被害を皆無にせしめていた。
　ただ、仕掛け罠の起動タイミングを狂わされるなどで、おそらく同士討ちにより味方へ最も多くの加害を与えていたのも“人形使い”ではある。

　各々の役割からすれば、確かに自ら責めている通り、“人形使い”の不手際は比較的強く咎められるべきであったにせよ……人心地をつけ、再度歩みを進める一行の表情は一様に明るかった。
　結果的に重篤な被害もなく危険なエリアでの戦闘を切り抜けた事で、全員が程度の差こそあれ、一度崩されかけた「自信」を取り戻しつつあるのは間違いないであろう。



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　「そういえば、一揆勢の一部で手配されていた賞金首が、何名か捕まったらしいな。
　　連行された者達は、何でも危険地帯の開墾を強制的に手伝わされてるとか」

　「へぇ、そんなことになってるのね……
　　それにしても、わざわざ一揆の中でそんな味方同士戦い合うようなことして、何の得になるのかしら」

　「近年、これだけの規模での争いごとなんてついぞ無かったからな。
　　治安の低下した隙に、価値のある金品が取引される機会を狙う不逞な輩も紛れ込んでいるのだろう」

　「ただでさえネクターの不足で混乱しているっていうのに……厄介な話だわ！」


　難敵を退け、心なしか軽くなった一行の雰囲気。
　進攻の合間に交わされていた董琉と未琴のそんな会話に、ふと[軍曹]が何の気なく横槍を入れた。


　「……賞金首と言うからには、そのまま処刑でもされるのかと思ってたが。
　　普通に強制労働を済ませりゃ放免になるらしいなァ。よくわからン話だぜ」


　未琴は目を丸くして、董琉は僅かに眉をひそめて、[軍曹]の言葉に対して押し黙る。
　少しの沈黙の後、[軍曹]が「あれ？俺何か変な事言ったか？」的な表情で、当惑したように二人を見やった。


　「まぁ、そりゃあ……人を襲って金品を奪うのは悪いことだと思うけど。
　　処刑はちょっと行き過ぎ、じゃないかしら……」

　「人の命を奪ったのなら、相応の報いを受けるべきではあるだろうが……さすがに、な」

　「あー、………」


　なるほど、これもひとつのカルチャーギャップという奴か――[軍曹]は声に出す事なく、そう独りごちた。
　出身世界自体が異なるとはいえ、『軍事行動中の内部擾乱勢力への対応は厳罰あるのみ』という認識は当然に共有されるつもりでいた。が……そもそも、大規模な紛争行為が稀な環境にあっては誰しも「軍事行動」そのものに疎い、という必然をうっかり失念していたゆえの空回り。
　途切れた会話の間をもたせようと、傍らの[仔犬]に目線を送るが……
　こちらはそもそも話題の焦点、未琴達と[軍曹]との認識のギャップについて（理解はしているのかもしれないが）注意を向けている様子もなく、「何か御用ですか？」的に首を傾げられて、[軍曹]は溜息をつく以外になかった。


　――と、その時。
　[軍曹]の視界に、一行の先頭で大鞄を後ろ手に引き歩く黒いドレス姿が、慎ましやかに映り込む。
　一行の護衛役を自ら任じて同道しているのであるから、“人形使い”がその場に居合わせているのも当然と言えば当然であるが。

　彼女――“人形使い”に対して彼が抱いている不信感を少しでも整理する、という内心の名目も後押しをしたかもしれぬ。
　気まずい雰囲気を解消しつつ自然な流れで“人形使い”の深層心理に探りを入れる形になる、と多少なり自画自賛できる程度の、それは他愛の無い問いかけであったが……


　「なぁ、アンタは『賞金首』とか気になるかい？　Ms.マリア」

　「賞金首――ですの？
　　……うふふ、そうですわねぇ……」


　声をかけられてくるりと振り向いた“人形使い”は、少し思案する風で小首をかしげたのち――あっさりと言った。


　「別に、どうであれ気にはなりませんですかしら。
　　わたくしたちの邪魔をするようであれば、それは撃退するまでですし？
　　どのみち、賞金首の方々とて、ネクターが枯渇すれば何もできなくなるだけ。
　　しばらくは騒がしいかもしれないですけれど、いずれは予定調和に収まりますわ、きっと」

　「だが、中には一揆の成立より目先の欲を優先しちまう奴だっているかもしれン。
　　そういう奴らはどォするよ？」

　「うふふ、それもきっと大丈夫ですわぁ」

　「？　なぜ断言できるンだ」

　「だって、彼らにはきちんと『賞金』がかかっているでしょう？
　　そのうえ、他の方々から奪ったであろう金品もたんまり持っているわけですもの――」



　「目端の利く飢えた狼さん達なら、

　　　賞金首が肥え太るのをじっと待ち構えて、

　　　　後からまとめて彼らを料理するに決まっていますわよぉ。

　　わたくしたちは――賞金首にむざむざと餌を提供しない程度に、警戒を欠かさず。
　　ただ高みの見物を決め込んでいれば、それで構わないのではありませんこと？
　　ふふっ、くふふふ……」


　それが――より多くの富を貪らんとする者達同士で食らい合い、傷付け合う、負の連鎖が。
　あたかも当然の前提、推奨すべき事象ですらあるのだと、何の飾り気もなくけろりとそう言ってのけ。

　“人形使い”は、再び大仰にくるりとその場で大鞄ごと器用にターンして。
　無邪気に微笑みながら、とても明るい声で一行を促すのだった。



　「さぁ、早く次の場所に向かうといたしましょう？
　　今日のような恥ずかしい戦いぶりをお見せするのも、さすがに懲りてきましたもの。
　　強くて便利なエンブリオさん達と、いっぱい仲良しになりたいものですわぁ……」