ラグナスが、開かれた自身の右手を見つめながら何かを念じると、極小粒ながら輝く鉱石のような物体が現れる。

自らの考えを振り払うように小さく左右に首を振ると、まっすぐ、進むべき道の先を見つめなおす。

どうしても視界に映ってしまう、少し先を歩く"それ"に聞こえないよう小さく舌打ちをする。現状に対する鬱憤から不意に出た行動だった。
砂地を付かず離れずの距離で歩き続ける黒い二つの塊……一人は自分自身。そしてもう一人は、大柄な人型の機械だった。

ラグナスはその機械……ゴーストと名乗る彼が仲間であると同時に最も苦手な相手としていた。
ラグナスにとって彼は『気に入らない』部分が多すぎたのだが、ごく個人的な感情でパーティーの和を乱す訳にもいかないだろうという考えの下でなるべく彼の事を意識から外す事にしていた。
少なくとも前日まではもう二人の仲間がいつも傍にいたため、個人的に関わる必要もなくそこまで意識する事もなかったというのは大きかったのだが。

――
――――
『――そういえば、私がラグナスになったのはいつだっただろう？』
そんなことを頻繁に考えるようになったのはもうずっと昔の事だ。今では何十年と積み重ねてきた"思い出"に浸る事が習慣のようになりつつある。

"吸血鬼"という種族の枠の中でも、様々な出自が存在する。
一般的に人の間で残されている伝承の中にも最も多いのが、一度命を落とした人間が様々な要因の元で吸血鬼として蘇る後天的な例であり、それは多分に漏れず私自身にも当て嵌まるものであった。

つまり、私もかつては人間であったという事になる。もう何十年も昔の事になるので、私がいつ命を落とし吸血鬼として生まれ変わったのかなどという正確な時期は覚えていないのだが、自らへの戒めを込めラグナスと名乗るようになったのはその時の事である。

人であった頃は様々な世界を旅したものだが、化け物になってからは一つの世界に留まって久しい。そこでは吸血鬼という存在が一般的であったため過ごし易かったからなのだが。
そこでの生活で少しづつ自分が化け物であるという認識が深まっていくと共に、人である事を失いたくないという欲も芽生えるようになった。いつか、人に人であると認められるようになったら本当の名へと戻ろうとさえ思うようになった。
そうしていつしか"人を守る"事に自分自身の"人らしさ"を見出すようになっていた。人を捨てでも生きようと願った自分自身の選択を呪う事など決してないように――

あまりも下らない事を考えている自分に苦笑を漏らす。
要するに私は嫉妬しているのだ。パーティーの盾として仲間を守り頼られるその姿に。それだけならまだしもこの私自身が世話になってしまっているのだからもう冗談ではない。

主に頑丈さが、な。と聞こえない程に小さく呟いてから溜息を吐く。

身体も名前も全くの別物へと変わってしまったまま、人だった頃の記憶だけを頼りに現世を這い蹲る私にこそ"亡霊"とはおあつらえ向きじゃあないか。

こんな奴と二人きりになってしまったせいか余計な事ばかり考える。そんな私の気持ちに反して、ゴーストの奴は私に何の感情も抱いていないのだろうと思うと悔しさと恥ずかしさで死んでしまいそうにもなる。

あまり我慢しすぎるのもよくないしな。などと一人で納得する。

意を決すると、目の前を歩くそいつを勢いよく睨み付ける。今思えば、すごい形相をしていたかもしれないなんて思う。

その声に反応して、黒いそれが振り返る。

――思えば、あいつと二人で会話を交わしたのは、これがはじめてだな……などと少し後悔しながら考えた。