［基本］OK.　［戦闘］OK.　

勝敗は決した。
望まぬ結果であったにしろこの度の戦いの胴元から白黒は告げられたのだ。
我々は黒であるにもかかわらず白に加勢し、結果黒が勝つという良いところなしの結果に終わった。
この後どうなるというのだろう。アンジニティにとってかわられるあの街はどうなってしまうのか。
停めた歩みで地に目を落とし、漠然とそんなことを考える。最早彼女の手の及ぶ範囲からこの出来事は離れていた。
（……これからどうしたものかしら）
幾度目とも知れない答えの出ない問いを己に行う。
結論の出ぬまま迎えた結果を受け止めなければならない。
結局のところ──思い返せば、になるのだが。私はこの世界の部外者であった。
異物として否定の世界に招かれ、故に乖離した自己を街で与えられた。
当初記憶の混濁に困惑もしたが、……否、今でも困惑はしているが、
それがこの世界で私に課せられたノルマだと考えれば気にならなくもなった。
否定側として世界に招かれた以上、何らかの不具合は生じてしかるべきだろう。
その上で我々は思惑有って街へ助力の形をとり、本来与すべき否定の世界と対立し、それも実とならなかった以上取るべき行動は。
（撤退、よね。否定の世界が私を飲み込む前に）
そうなのだ。そうに決まっている。
最早ここに残っていること自体がリスクでしかない以上、一刻も早く撤退するべきなのだ。
それでも漫然とこの地にいる。このハザマに居て、あの街へ今一度踏み入れようとしている。
全く合理的でない行動を、この身が取ろうとしている。その理由は？
……助手である彼に度々確認した。やり残し、後悔はないか、と。
この期に及んで漠然とした感覚だが、私には、有る。そうとしか考えがたい。
消えゆく世界、去りゆく私。その中で、やり残したことを為さねばならない。
己の安全、組織の保全をれらを投げ打ってでも私のしたいこととは一体なんだというのか。
……恐らく、この私は、答えを持ち合わせていない。その答えを出すべきはあの街の彼女なのだ。


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秋も深まる何でもない日々に、突如として栄転の命を受ける。
早い話が更迭の解除だ。
連絡のない期間が長いこと続いたと思ったら急に帰還の命令とは
喜びよりも怪しさが、過分に上回る。
そんな訝しみを飲み込み、辞令が出たことを彼に告げると、自分の事のように喜んでくれた。
尤も少し遅れたタイミングで、彼の転属の連絡が来たわけだが。
同時に、所長代理不在となった研究所は実質的に閉鎖の扱いとなり、
つまりは、……引っ越しだ。帰る時が来た。
だが、なにもすぐにというわけではない。年内をめどに研究所は閉鎖、所員三名は転属、詳細は追って連絡という旨であった。
そうなると首をもたげてくる問題がある。
片づけと、終わらせ方の部分だ。

「いやーよかったですよ。……いや労働の開始だから良くはないのか？でも、少なくともこの退屈の無限迷宮から解放される日が決まって」
「暇に飽かして余計なものが増えすぎよねこの執務室」
「余計なものなんて何一つないですよ。社会生活を営む者にとって過度の暇は猛毒であり、これらの品は猛毒に対する特効薬なんですから」

彼のその発言に、部屋の片隅にある箱たちを指さして尋ねる。
どうも今更になって思うがボードゲームの類は、箱が過剰に大きくないだろうか。

「……じゃあ、聞くけど。二人しかいない執務室に四人用のボードゲームが一つや二つじゃない量ある件は」
「来賓をもてなすためにはそう言ったものも必要なので必須です」
「最大１２人用のパーティーゲームは」
「推奨人数は３人からなのでセーフです」
「……結局アリを捕まえてくるのが面倒で開封すらしていないアリの巣観察キットは」
「それは、……認めましょう、余計だったかもしれないです」
「認めることは大事だものね。……アリ、脱走すると怖いし」

ふぅ、と息をついて改めて、部屋を見回す。
先日片づけをしたので、決して散らかっているわけではない。ただ、物が多いのだ。

「……まあ、その辺の品々には私もお世話になってるから今更とやかく言わないけれども。改めて、期間中に監査来なくてよかったわ」
「来たら来たで隠せばいいんですよ。探偵事務所とかに」
「あーまあ、そこそこ手を貸してるから協力はしてくれるでしょうけど。……けど問題はそこじゃないわ」
「あれ、何か問題がありましたか？」
「取捨選択の話よ。これ、全部は持っていくわけにいかないでしょ」
「……あぁ～そっちかぁ～」
「何よその反応」
「結局我々は片づけから逃れられない宿命なんですね」
「それはそうよ、この研究所を引き上げるって言ってるんだから、ぺんぺん草一本残しておけないわ」
「残していきません？ぺんぺん草でなくガジュマル君ですが」

ついに所長席に鎮座するようになった観葉植物を指さして助手が提案する。
その堂々たる姿をチラリと見やり、即座に答える

「ダメよ、特にダメ。絶対持って帰るわ」
「あ、それは良かったです。残しましょうって言われたら僕が引き取ろうと思ってました」
「なんだ、貴方もなの。……なんだかんだ愛着沸いたわよね、この子にも」
「そうですね。まあ誰がどれを持って帰るかは議論の余地ありですね」

議論の余地があるかは定かではないが、短くない時間を過ごしたこの部屋とこの街に愛着がないといえば嘘になることは確かだ。
しかし、それでも取捨選択は迫られる。人はその手に持てるものに限りがあるのだ。
あまりに欲張りすぎると……大体の場合はより多くを失う。

────

「……と、つまりこんなスケジュールで片づけるわよ」
「良いですね、つまりこのスケジュールでお疲れ様会をできるというわけですね」

片づけのスケジュールの後ろに、助手が次々と花丸をつけていく。
つまりスケジュール表は、花満開の体となっていた。

「……ほぼ毎日じゃない」
「そう、転属の決定から常々思っていたのです。去るには惜しい町であり、まだこの街を味わい尽くせていないと」
「まぁそれは……否定しないけども」
「つまり、今からでもいろんなところを巡りましょう。去りゆく街の経済に少しでも貢献するために」
「去り行くのに？」
「去りゆくからです。ここを去ったあと、僕はふるさと納税をこの街に収めていいかもしれないと思ってますよ」
「あーそれは少しあるわね。返礼品もそこそこ良かったし」
「え、調べてたんですか。ちなみに何でしたかね」
「あれよ、あの特産の、……そうじゃないわ。また話が横道にそれてる」
「納税は社会人のメインストリームですが」
笑いながら、ため息をつく。努めて自然に、あえて訪ねてみるのだ。

「……じゃあ、納税の話と、私とどこに行こうかを決める話とどちらがいいかしら」
「納税なんてやめだやめだ、取るばっかりで何にも還元しちゃくれねえんだ」
「……時々、貴方のその切り替えの早さが羨ましく思えるわ」
「そうですか？これでもそこそこ引きずる方なんですが」
「そうだったの？あんまり物事に執着しないタイプだと思ってたけど」
「……もしそう見えてるなら、僕の前途は多難ですね」
「？ なんだかわからないけど、大変ね」
「えぇ、大変です。思っていたよりもずっと」

────

「じゃあまずはここを攻めましょう」
「なら、しかる後この店を攻めるのはどうでしょう」
「……まあそっちは任せるわ」
「お、じゃあ好きにやらせてもらいますね。したらば今回のお題目は……残暑見舞い、いや違う。壮行会、ですかね。体育シーズンですし」
「……なんかちょっとニュアンスが違わないかしら」
「そうですかね。これから片づけを頑張ろういう意味ではぴったりかなと思ったんですが」
「そう、なのかしら。でも街は去るわけだし……」
「細かいことはよしましょう、悲しい会じゃない、そのニュアンスだけ正しければいいと思います」
「それは、……そうなのかしら」
「そうと決まれば店は任せてください。俄然やる気になってきたぞぉ」
「……まあ、やることは片づけなんだけどね」

何にだって終わりがある。その来る終わりに向けて歩き始める。
願わくばこんな日々がいつまででも続けばいいと思っていた。
この秋も、続けてくる冬も、そして迎える年明けも、彼と共に。
この街を離れ、良からぬものが渦巻く本社に戻り、どんな理不尽な目にあわされようとも、彼と二人でなら乗り越えられる気がして。

「……だから、どうかこれからもよろしくね」
「……えぇ、こちらこそ」


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……望む日々、来るはずだった明日。
彼女の望みに答えることができない自分に無力を感じる。
彼女は信じている。昨日と同じように、穏やかな明日が、己の見知った穏やかな人々と訪れると。
新しい日々を、信頼できる相手と共に進んでいけると。
その望みは叶わない。あの街が否定の世界にとってかわられるとき、彼女は私にとってかわられる。
私は私だ。それ以上もそれ以下でもない。しかし、私はこの事象がたまらなく嫌だと感じる。
彼女は結局何のために存在していたのだろう。私という人間の連続性を断つことに意味があったのだろうか。
世界のシステム、侵略者側として割り振られた私の役割であると断じてしまえばそれまでなのだが。
自分が少しは理性的な人間であると信じていたが、己と同等の存在の自我が消えゆくことに感情の結論など出せるはずもない。
ならば、彼女が消えないために、私にできることはあるのだろうか。
……恐らく、何も。
彼女はこの世界と私の間で生まれた、実体のない影法師のような存在。
この世界との離別の時、彼女との離別となるのは必然だったのだ。
まして、彼女にこの身を譲り渡すわけにもいかない。まだ成し得ていないことが山ほどある。
彼女は記録には残りえない。私という存在がいる限りは。
それならばせめて、この私の記憶と共に、帰ろうと思う。
……背負わなければない。私は、私自身を。
決して忘れないだろう。あの街で過ごした私自身の日々を。

────

人は人との関係を憂い、笑い、その中で成長していく。
私が彼と過ごしたあの街での日々は、今にして思えばそれ自体が宝石のように思える。
努めて他人と深くかかわろうとしてこなかった私の人生において、特異な出来事に違いないのだ。
その彼はこの結果にどう結論を出したのだろう。
私は、彼に正直に伝えることができるだろうか。
……彼と共にあの街を過ごした彼女が消えたことを。
その時、彼は悲しむのだろうか、怒るのだろうか。
私には想像もつかない。

……私は、彼に正直に伝えることができるだろうか。

ENo.77 偽黒初 とのやりとり