［基本］OK.　［戦闘］OK.　

どうやら決着がついたみたいだ。
イバラシティとアンジニティ、それぞれの住人が入れ替わるらしい。
あっという間のようで、随分と長かったような。
ハザマで過ごす時間も、これでおしまいになるのかな。


思わず感傷的な気持ちに浸りかけて、頭を緩く振った。
そこから意識を逸らす為に、淡金色のビーズが施された刺繍を手に取る。
この赤い世界の中で、チュイちゃんがお揃いで作ってくれたもの。
手渡されてからずっと、肌身離さず持っている。

チュイちゃんはいつも明るく笑ってくれていたけれど、それでいてどこか控えめで、遠慮がちな部分もあった。
そんな彼女が自身に心を向けてくれる度に、心の中に優しく柔らかな光が灯されるような、まるで彼女の中にある光を分けてくれているような、そんな温かさを感じていた。
その光は淡くささやかで、きっと有限のものなのに。
もしかしたら、燈灯の店主さんご夫婦も常連のお客さん達も、チュイちゃんから光を貰った分、お返しの光を渡そうとしていたのかもしれない。
いつ訪れても燈灯の中に広がっていた笑顔は、そういうことなのかもしれない。
自分からも、少しはお返しできているといいな。
こちらの世界では料理を作っていたけれど、実はチュイちゃんの料理には少しだけ良い食材を足していた。
贔屓とかではなくて、ほら、ええと……成長期でもあるわけだし。


アンジニティに飛ばされるのなら、この刺繍も何とかして持っていきたい。
もしもみんなバラバラになったとしても、この刺繍があればまたみんなを引き合わせてくれそうな気がするから。

だけど、アンジニティに大事なものを持っていくのに、どうすればいいのか。
いくら考えても、自分自身では答えを見つけることは出来なかった。
自分にも、周囲にも、そんなことが出来そうな異能を持った人はいないし。
ハザマ、イバラシティ、アンジニティ。
三つの世界の内、自分がよく知っているのはイバラシティだけだ。


そうしてあれこれと考えた結果、自分の中に出た答えは。
聞いてみようと思った。
直接、アンジニティの住人の方々に。

戦いの中で何度か言葉を交わしたことはある。
言葉を話さない人もいたけれど、こちらにもわかる言葉で話してくれる人もいた。
もしかしたら、大事なものを持っていく方法や、記憶を維持する方法を知っている人がいるかもしれない。
もちろん門前払いされたり、予想外の結果になることもあるかもしれないけれど。
でも、自分が今出来ることは、脚を使って何とか情報を得ることだけだから。

以前の自分だったら、どうしようって頭の中で考えるばかりで、何もわからないまま流されるだけだったかもしれない。
大事なものがあって、その為にはどうすればいいのか。
何も分からなくても、まずはその為に動くこと。
それが出来るようになったのは、これまで社長の姿を見てきたからだ。
初めて出会った時から、今までずっと。

社長から受けた影響は計り知れない。
判断力、決断力、実行力、ありとあらゆる能力をカンストで兼ね備えたような完璧な人。
……に見えるのに、何故だかどこか不安定で、まるで雛鳥のような幼さも感じさせる人。
色んな意味で、戸惑うことも多かったけれど。
物事の奥深くまでを見据え、見極めようとする赤い瞳。
それがこちらを向いた時に、優しい色を湛えてくれるのが、嬉しかった。
抱いてしまった不相応な気持ちに蓋をしていたこともあったけれど。
それすら何これとばかりにガタガタされて、強引に引き剥がしていった。
色んなところに出掛けて、色んな話をして。
ずっと、楽しかった。
どこへ飛ばされたとしても、また一緒に同じ時間を過ごしたい。
少しひんやりとした心地の良い彼の手は、どうしたって離すことはできないのだから。




この地では、青い空は一度たりとも見られなかった。
どこにあるのかすらわからないアンジニティに思いを馳せながら、赤いその空間を見上げる。


イバラシティでも、ハザマでも、これまで得てきたことは全て自分にとって大事なことだった。
だから、それを無かったことにはしたくない。
ハザマでの時間は残り僅かなようだけれど、せめて最後だけでもあがいておきたい。
……料理だって、折角作れるようになったわけだし。



どこにいても、どこに行ったとしても、大事なものを見失ってしまわないように。

ENo.1372 クゥ とのやりとり