前半部は前回の再掲です。
メイド服を着ているがーーーーーー男だろ?
探偵がそう言った瞬間、ぐらり、と足元が揺らいだ気がした。
青ざめた顔で、呼吸を荒くしながら、メイド服を着た<子供>、ニコレットは、なんとか倒れずに踏みとどまった。
ああ、そうか。ポールモール邸での謎解きの間、リトゥラさんはこんなに苦しい思いをしていたのかーーーーーー。
そんなことを思いながら、震える足で、必死に立つ。
探偵は続ける。
「図星だろ。確かに、君はかわいい顔をしているから、メイド服を着てたら女の子に見えるよ。けど、色々と怪しい部分はあった。まず言葉遣い。ぶっきらぼうな下町言葉を使っているが、まるでとって付けたような違和感がある。きっと、無理をして普段の口調を、身分ごと隠すための言葉使いなんじゃないかと思ったよ。それに所作が女の子らしくない。一緒にポールモール邸に行った時に思ったが、君、随分と大股で歩くじゃないか。これでも俺は結構脚が長いんでね、その歩調について来れる女の子なんて、そうそういないよ。他にも色々と気になるところはあった。さ、ニコレット。君の本当のーーーーーー男としての名前は?」
そこまで言われると、ニコレットは俯き、それから観念したように顔を上げた。
「ーーーーーーその通りです、チャコール先生。」
その顔は、その声は。繊細さはあるものの、先程までの気弱なメイドとはまるで別人のような、落ち着いたものだった。
「僕の本名はーーーーーーニコです。ニコ・アッシュトレイと言います。」
「ニコ・アッシュトレイ…」
探偵は少年の名乗った本名を復唱する。
溜息のように、あるいは嘆息のように。乾いた声が、僅かに湿気を帯びた気がした。
「それで、チャコール先生。僕が貴方にお話しする秘密はーーーーーー」
少年の澄んだ声を遮るように、煙に燻された声が被さる。
「君の目が見たい。」
少年は一瞬固まるが、観念したように苦笑した。
「あなたは何でもお見通しなんですね」
やや諦めを含んだ表情だが、それと同じくらい、何かから解放されたような安心感も読み取れた。
「僕の目はーーーーーー」
そう言いながら前髪を掻き上げると、今まで隠されていた少年の瞳が露わになる。
睫毛の長い、大きな目だ。左は、まるで吸い込まれるような、炭の色をした瞳だった。
しかし。
「いや、僕の右目は、少々、変わっておりまして」
少年の深い青色の右目は、まるでそれ自体が光を放っているかのように、爛々と、煌々と、目が眩むほど燦然と輝いていたのだった。
「…星の瞳か…!」
探偵の呟きに、少年は頷く。
「やはり、ご存知でしたか」
そう言う少年の目は、どこか哀しげな色を帯びていた。
探偵は微かに目を眇め、少年の瞳をじっと見据えながら言う。
「ああ。その瞳を持つものは将来、功績を残す英雄<スター>になるか、犯罪史に名を刻む犯罪者<ホシ>になるか…そう記憶している。君のそれはーーーーーー金星か。」
探偵の目がギラついた熱を帯びる。全ての興味は少年の瞳に向けられているようだった。
「ええ。禍福の暁星。そう呼ばれているようです」
「成る程な。」
そう言うと探偵は、手帳に文字を書き起こした。
<隠された右目は、禍福の暁星。 ーーーーーーニコ・アッシュトレイ>
そのページを破った時、少年が待ったをかけた。
「あのッ…!」
呼び止められた探偵はぴたりと動きを止め、目を少年に向けた。
「ん?なんだい?」
少年は震える指でメモを指差す。
「それ…そのメモ、リトゥラさんの時も…」
そう、少年は思い出したのだ。
ポールモール邸の事件を解決した後、探偵がメモに何かを書き入れ、それを使って不可思議なことをしたのを。
「ああ、あれ見てたのか。そうだよ、こうすると…」
探偵はメモを筒状に丸め、両掌で包む。
そしてグッと力を込めたと思うと、探偵は再び手を開く。
すると、そこにあったのはーーーーーーニコが以前見たのと同じ、1本のタバコだった。
「どうだい?不思議だろう?」
少年はこくこくと頷く。
探偵は薄く笑って続けた。
「どういう理屈かは解らないんだけどね。【秘密】と【名前】。それを書いた紙から、俺はタバコを作ることができるんだ。」
「【秘密】と【名前】…」
怪訝そうに復唱する少年に、探偵は詳しく説明する。
「そう、【秘密】と【名前】。このタバコを吸うためだけに、俺は秘密を集めている。探偵ってのは便利でね。事務所を構えておけば、やれ事件だ、やれ調査だと勝手に依頼が舞い込んでくる。すると事件解決の過程で幾つか秘密が手に入るからね、誂え向きの仕事なんだ。」
探偵は先ほど少年の秘密から作ったタバコを咥えながら続ける。
「それにな、探偵事務所に来るような人間は、大概は良い秘密を抱えてるからね。依頼料としてそれを頂戴するのさ。俺にとっては最高の仕事だよ。天職だと思っている。」
そしてポケットからブックマッチを取り出すと、それを指で弾くようにして火をつけた。
「さて、早速だけど、君のタバコを吸わせてもらうよ。どんな味がするかな。」
探偵はニヤリと笑い、タバコに火をつけ、深く吸い込んだ。
それも束の間。
「………!」
探偵の目が見開かれ、表情が強張る。
慌てるようにして大きく煙を吐いた探偵に、少年はおずおずと声をかけた。
「あの…どうか、しましたか?」
探偵は驚いた表情のまま、深呼吸をしていた。
「え……これは、君…」
少年の顔とタバコを交互に見ると、探偵はもう一度、まるで確認するようにタバコを吸った。
今度は先ほどよりも深く、じっくりと味わうように吸うと、もくもくと煙を吐き出した。
「……………そうか、そうか、そうか……これは…」
探偵の表情は、やや眉根を寄せたような、険しいものだった。
「………とんでもないタバコだよ、これは。バニラの甘いフレーバーで本当の味を隠してあるが…なんて重いタバコなんだ。短くて粗いプレーンフィルターを使ってるからだな…フィルター付きではあるけれど、煙がまるで濾されていない。それにこの煙の量、巻紙は相当に燃焼速度の早いものを使っている。だから重くて濃くて、煙が多くて、苦くてえぐくて辛い…」
探偵は、難しい顔をしながらタバコを吸い続ける。
「うまい、うまいよ。でも、こういうタバコを生成する感情は………強い憎悪と殺意だ。」
探偵の火の色の目が熱を持ち、少年へと向けられる。
「なあ、少年。もしかして君、まだ俺に依頼したいことがあるんじゃないか?」

[805 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[434 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[475 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[199 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[404 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[325 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[266 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[193 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[116 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[143 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[148 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[100 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[309 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
[47 / 400] ―― 《黒い水》影響力奪取
[219 / 400] ―― 《源泉》鋭い眼光
[98 / 300] ―― 《渡し舟》蝶のように舞い
[105 / 200] ―― 《図書館》蜂のように刺し
[99 / 200] ―― 《赤い灯火》蟻のように喰う
[49 / 200] ―― 《本の壁》荒れ狂う領域
[83 / 100] ―― 《珈琲店》反転攻勢
[100 / 100] ―― 《屋台》更なる加護
[71 / 100] ―― 《苺畑》不安定性
[15 / 100] ―― 《荒波》強き壁
[100 / 100] ―― 《小集落》猛襲
[32 / 100] ―― 《落書き壁》リアクト
[64 / 100] ―― 《変な像》揺らぎ
[40 / 100] ―― 《白い渦》不幸
[100 / 100] ―― 《黒い渦》不運
[12 / 100] ―― 《線路》駆逐
女性の声が聞こえる。
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声 「――天使よ、なぜ過去に来てまで私達を造った。」 |
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声 「なぜ彼女にこんな呪いを・・・」 |
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声 「意思、伝えていたのね。遠回しに、呪いの制約を掻い潜って。」 |
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声 「これは次もきっと無理。でも、気づいてさえいれば私には手段があった。」 |
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声 「他の伝えかた・・・そんなもの、要らない。」 |
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声 「私が次も必ず貴方を見つけ出し、再びワールドスワップに介入し、 全員から候補者を・・・いや、開幕から全員を消せばいい・・・」 |
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声 「これで合ってる?合ってるわよね。アダムス・・・」 |
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声 「貴方をこの地獄から救うためなら、私は――」 |