
街から二時間程。手配された船を乗り継ぎ、漸く着いたそこは寂れた漁港だった。
船着場に転がる魚の死骸には鳥たちが群がり、積み上げられた木箱の影からは痩せた猫が息を潜めながらこちらを窺っている。むわりと広がる潮の臭気は旅情というよりはやるせなさを感じさせ、俺はどうしてこんな事になったのかと思い出しながら目的の漁船を探していた。
本当にここに彼女が来ているのだろうか。追跡を避けるためだろうが、こんな何もない場所ともなれば不安にもなる。
ため息一つ、干からびた何かの死骸を蹴り飛ばす。五角形の干物は紙のように軽く、波の間へと転がって落ちる。ゆく先を追えばそこには他の残骸に比べればいくらかは動きそうな漁船があった。よくよく見れば、それは上手くカモフラージュされているだけで新しい船だ。前もってそうと知らなければ中々気付けるものではないだろう。
潮に晒されて軋む足場から、俺は注意深く船へと乗り込んだ。船室を覗き込めば人影が二つ。作業用の衣服に身を包み、帽子を深く被った方が俺にジェスチャーで伝える。
──静かに。
首元に俺の作った細工が揺れる。アリステアだ。もう一人は俺の知らない奴らしい。護衛だろうか。彼女に護衛が必要だとも思えないが。おそらく彼、は後ろで彼女を護るように立っている。鍛えられた体躯が服の上からでも窺えた。
二人がこの場には不釣り合いな高価そうな呪具を設置し、結界を貼り始める。相変わらずの技量に感心していると、同じものを手渡された。俺もやれってことか? 顔に出ていたのか頷かれる。
なるほど、相当に厳重だな。船を包もうとしている結界に軽く触れる。恐らくは何らかの追跡や感知が為されていると前提して、その通信を阻害するような効果だろう。遮断してしまっては異常を疑われる。しかし、この船の行き先は追跡されてはならない。勿論、空からもだ。
既にあるそれを邪魔せず相乗するように俺の結界を重ねる。まぁ、見てなって。パワーはねぇがこういう小手先のコントロールにはこれでも結構自信があるんだ。伊達に忍びながら長生きしてねぇからな。どうよ?
と、俺が自慢する間もなく、船のエンジンに火が入れられた。小さな船体に対して大きすぎるんじゃねぇかというクソデカトルクであっという間に俺たちは岸から離れてゆく。なんつー勢いだ。どう見ても違法漁船じゃねーか。
船の速さに驚いていると、騒音を割って明るい声がそばに響いた。
「よかった! 来てくれて!」
エンジン音の中、作業服と帽子を脱いだアリステアが飛び込んでくる。揺れる船の中で彼女を受け止めると、暫定護衛クンの目つきが少しばかり険しくなった気がした。急に距離感が近すぎなんだって。
「おっと、もう喋っても大丈夫か。来てやったぜ、アリス。一体これが何処へ向かってるんだか知らねぇが……」
言いながら彼女を支えて離す。当たる潮風の冷たさか、気の昂りか。その頬は少しばかり上気して見えた。彼女ははっとしたのちひとまず落ち着くと、地図の挟まれたクリップボードを取り出して俺に示した。
「それはこれから説明するよ。万全を尽くす為には、イツくんにも直前まで詳しいことは話せなかったの。ここまで来るのも相当面倒だったでしょ?」
「本当にな。港に着いた時には騙されたのかと少しは思ったし……」
今や、あの陰鬱な漁港の空気は少しもなく、海に残る白い軌跡のコントラストは漠然とした期待さえ俺に抱かせている。
とはいえ、俺はアリステアを多少信用してもシェフィールド家を信用している訳ではない。この計画が彼女一人で出来たとは思えなかった以上、俺は警戒を完全に解くわけにはいかなかった。そんな内心を知ってか知らずか。彼女は地図の一点を指す。
「えっと、今はこの辺で。向かっているのは、ここからこう……」
細い指が地図の上をなぞる。
「……んん? これって国境近くじゃねぇのか?」
「そう。私たちは今、国境近くの無人島に向かってる。正確には無人島って事になってる島、かな。もう五十年以上も前に講和条約は結ばれたけど、歴史的経緯でずっと人は住んでいない、って事になってる島だよ」
いよいよ怪しげな事になってきた。元々怪しかったが。
面倒は好かない。俺は警戒と好奇心をそのまま口にした。
「このあたりには地元の漁師でさえ近づかねぇ筈だ。何がいるんだかわからねぇが、わざわざそんな所に隠れる必要があるってワケだ。シェフィールド家はそこで何をしてる?」
俺の声に隠さない険しさがあったのか。アリステアの目は真剣なものになった。
刹那の間。昼前の陽は高く、地図に彼女の影を落とす。
「……家は、いえ、父や兄達はこの事には関係していない。先世、アイルが塔に残した記録で私はこの島を知ったの。
島の事を知るのは…… 私と、島に住む者と、彼のようなその子孫と」
言ってアリステアは後ろの男を見る。男の方は相変わらず無言だ。
まだ彼女は俺の質問に答えてはいない。
俺はアリステアに向き合い、先を促した。誤魔化すなよ、という言外の圧を込めて。
「それと、この島に来る資格があって、かつてアイルに島の事を教えられた者たち」
「資格……?」
問い返しつつも、答えは分かりかけていた。アイルが生きた時代。
それを知り今生きている者など、まず残ってはいやしない。そう、
「──あなたと同じ、流浪の民がここにはいるの」
♦︎
やっちまった。
完全に取り乱した。
想像が完全に悪い方に行っちまった。
追われ、焼かれた数々の記憶。
もはや地上には存在しないと思っていた同胞達が生きていて、いや、生かされている。
逃げる事のできない孤島で。
追われた者が行き着いた、南海の島々。
そんな場所で何が行われていていたのか、俺は知っている。
多くの死をもって終わりを迎えたはずのあの地獄が、今この時代に蘇っているのだ。
囲い、生かしておく理由など他にあるものか。
──冷静に考えれば、アリステアやアイルがそんな事に手を貸す理由は無いとわかる。俺がそうであるように、生き延びている者がいることも不思議はない。彼女は俺を信用したいからこそ、俺をここに連れて来たはずなのに。これまで、ただの友のように接していたはずなのに。それを台無しにして、俺はただ吠えて彼女の胸ぐらを掴み手荒く持ち上げて、汚い言葉で問い詰め罵ろうとしたのだ。
もっとも、武術の達人であるアリステアはするりと俺の手を外してしまい、俺は狭い船の上で二人に取り押さえられた。暫定護衛クンは確かに護衛の仕事をした。
島に着くまで、アリステアは根気よく俺に何か話していたが、ろくな会話になることはなかった。俺は、とても正気じゃなかった。
自分のやったことに気づき、ひとたびの冷静さを得ると、それと入れ替わるように蘇る記憶と絶望が俺に牙を剥いた。今もまだ、俺は震えて、掴むことも見ることもできない恐怖に怯えている。
「着いたよ」
船は既に接岸し、繰り返す穏やかな波に揺れている。逃げ場のない船の隅で俺は丸くなっていた。
「着いたよ。ね、行こ?」
次はもっと近くで声がした。見上げればすぐそばに声の主はいた。
真っ直ぐに俺を見つめる翠の瞳は複雑な色彩を描いていた。遠く響く海鳥の鳴き声も、澄んだ海も、そしてアリステアも。ここにあるものは眩く美しかったが、俺は後悔と不安と不信と自分でもわからない感情でぐちゃぐちゃだった。何から考えるべきなのかもわからない。何度も繰り返した言葉を弱々しく吐く。
「すまねぇ……」
「もー、ごめんしあいっこは終わりだよ。それに、イツくんが私のこと、どこかずっと警戒してるってこと気づいてた。あなたを傷つける可能性があることも、あなたか背負っているものを支えるには自分じゃまだ足りないってことも。気づいてて、ここに連れてきたんだから。恨まれても仕方ないと思ってる」
恨む訳はない。これはただ、俺の心の弱さが原因だ。いつもの軽口も出てきやしない。俺は卑屈に笑って返す。
「恨みはしないさ。そんな理由もねぇ。けど、微妙な距離感に気づいていて、俺たちは互いに友達ごっこをしていたってワケだ。何の為に? 好奇心か? 聖女サマの気晴らしか? なぁ、アリステアさん」
自分の口から溢れ出た皮肉な声色に、俺は驚いていた。そんなつもりはなかった。アリステアを本当にそんな風に思ったことなんて。俺の事情を知る、数少ない一人であるアリスを。いや、少しはあったかもしれねぇが、けど、そうじゃない。伝えたかったのは、そうじゃねぇ。
「大丈夫だよ」
やわらかな声に、恐る恐る目を開ければ。混迷と恐怖に覆い塞いだ指の間から、こちらへと差し出された手が見えて。それを辿れば、アリステアは俺を護るように屈み込んで、やさしく微笑んでいる。
「イツくんが嫌じゃなければ、私はあなたと友達でいたいよ。互いに秘密はあって当たり前だし、信用できないことだってあるかもしれない。そんなの、他人同士だから当たり前だって、長く生きてるあなたの方が知っていそうなものだけど」
「……歳は関係ねぇだろ」
毒づきながら、伸ばされた手を取る。ゆっくりと立ち上がれば、俺がアリステアを見下ろす側になる。
「ごめんごめん。イツくんを歳のことでからかうと面白いからつい。でも、こんな話も普段はそうそうできないことだと思うの。
──あなたは、常に監視と探査を警戒していたから。そうでしょう?」
「……ああ」
その通りだった。研究所で居候のようなマネをしていたのも。仕事を受けたのも。初めからそれが目的だった。
あそこでは試料から微細な術の痕跡を調べたり、化石になった生物がどんな魔力を持っていたかを調べたり。そういうのを色々とやっている。
その手の調査で重要なのは外部の術や魔力の影響を極力排除することだ。だから、あの研究所には民間レベルでは極めて高度な結界を展開できる仕組みがある。逆にいえば研究所内の魔力の動きは、外部から感知するのが相当に難しいってことだ。
これは俺にとって、とても都合がいい。
「アリスはさ、俺があの研究所に入り浸ってる理由も知っていたんだな」
手を引かれ、船を降りる。気づけば島の空気は少し暖かい。軽い足取りで白い砂浜に足跡を残しながら、アリステアはくるりと回った。繋がれた手が離れかけ、つられて腕を振り上げる。遊牧民のダンスみたいに、指と指とが触れ合った。海の色と同じ深い青の髪が弧を描いて、ふわりと彼女の後を追う。
「うん。あそこの人たちは話してて楽しいし、色んなことを知ってるし。主任サンの入れてくれるハーブティーは体が温まって落ち着く味で。中庭にはたくさん緑があって素敵だし。近くのお店は安くて美味しいし」
足を止めて首を傾げ、背を外らせて見上げながら。
悪戯っ子のような表情で俺に問う。
「そうではなくて?」
再び手を引かれて、波打ち際を歩いてゆく。
俺が答えに困っているのに気づいたのか、クスッと笑ってアリステアは続けた。
「もちろん、それだけじゃないのは知ってるよ。でも、今まだそうしているのは、イツくんがあそこで穏やかな時を過ごしているのは、そういうことじゃないかなって」
繋いだ手の向こう側、波がざわめいて無数の飛沫がきらめく。
水面に跳ねる逆光が彼女を照らして、しなやかに鍛えられたシルエットを露わにした。
眩しさに目を細める。
「……そうだな」
俺はアリスのことも、あそこの連中の事も。互いに距離は置いていても、だからこそ、異なる個々として彼らの事を好ましく思っていた。俺たちは、決してどこまでも理解し合えるわけではないが、だからこそ、そこには一種の信頼が機能していて、そんな関係を俺は好きだった。
「また、連中とさ。肉でも焼いて。ダラダラと時間を過ごしてぇよな」
「今度やるときは、花火とか持って行こっか。あ、ここだよ」
「ほら」と、アリステアの指し示した先。
そこは緑に隠された、何かの入り口のようだった。

[826 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[447 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[491 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[198 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[402 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[323 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[246 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[182 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[103 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[145 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[141 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[100 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[277 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
[35 / 400] ―― 《黒い水》影響力奪取
[147 / 400] ―― 《源泉》鋭い眼光
[77 / 300] ―― 《渡し舟》蝶のように舞い
[93 / 200] ―― 《図書館》蜂のように刺し
[67 / 200] ―― 《赤い灯火》蟻のように喰う
[43 / 200] ―― 《本の壁》荒れ狂う領域
[66 / 100] ―― 《珈琲店》反転攻勢
[100 / 100] ―― 《屋台》更なる加護
[55 / 100] ―― 《苺畑》不安定性
[0 / 100] ―― 《荒波》強き壁
[0 / 100] ―― 《小集落》猛襲
[0 / 100] ―― 《落書き壁》リアクト
―― Cross+Roseに映し出される。
・・・・・ヴオオォォォ・・・ッ!!
チャットに響く走行音。
アルメシア
金の瞳、白い短髪。褐色肌。
戦闘狂で活動的な少女。
鎧を身につけハルバードを持っている。
ヴォンヴォンヴォンヴォンッ
 |
アルメシア 「・・・・・・・・・最高、だッ」 |
アルメシアがバイクで登場する。
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
エディアン
プラチナブロンドヘアに紫の瞳。
緑のタートルネックにジーンズ。眼鏡をかけている。
長い髪は適当なところで雑に結んである。
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白南海 「・・・・・・・・・最高、だッ」 |
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白南海 「・・・じゃねぇよおい!チャットで爆走すんなうっせぇぇ!!」 |
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エディアン 「これはこれは、アルメシアさん。良い馬を手にしましたね。」 |
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アルメシア 「そうだろう!癖のある跳ね馬だが、御せれば最高の馬だぞこれは!!」 |
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白南海 「鎧姿にバイクとか・・・・・素直に馬はいなかったのか馬は。」 |
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アルメシア 「馬では限界があるだろう?進化とはこういうものと私は思う!」 |
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白南海 「はぁそうっすか、いや絶対違うけどな。」 |
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エディアン 「そういえば、アルメシアさんはマッドスマイルさんのこと知ってます?」 |
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アルメシア 「マッド・・・?何だそれは、人の名なのか?」 |
 |
エディアン 「ふむ、ロスト同士はお知り合いじゃないんですね。」 |
 |
白南海 「そもそもロストってのはどういう・・・・・・ぁ、この質問はやばいん――」 |
――ザザッ
チャットが閉じられる――