番外編 『作戦名は砂漠の華』 冒頭
館内保管資料より抜粋。
■1
中東地域で発生した今季最大の紛争は、敵対していた最大勢力同士が休戦協定を結んだことによって急速に収束の気配を漂わせつつある。彼は日付が一昨日のままの新聞を広げて眺めつつ、ため息とともに苦いだけの珈琲をすすった。遅れて現地入りしたガルフ率いる大半が若年で構成された傭兵団は、雇い主を探す間もなく引き返すことになりそうだったからだ。徒労である。
「当てが外れましたね」
「まったく。だが、まあ……このまま開戦せずに話し合いで決着がつけば血は流れない、それは良いんだがな」
「代わりに私たちのご飯の質が落ちますけどね。わざわざ来た甲斐がありましたね」
「……悪かった。だから嫌味は勘弁してくれ」
拗ねた口調の若い女性少尉の言葉に素直に白旗を振るが機嫌は直りそうにない。
これからも小国同士の小競り合いはあるだろうが、小国だけに報酬の当ては低い。休戦協定がこのまま効を成すか見定める手もあるが、このまま何もなければ経費だけがかさむ。宿泊代も食事代も生きていくだけで何かと金はかかるものだ。そのうえ紛争の報せを聞いて慌てて来たものだから補給そのほかも整っていないために慣れない地で自費でまかなうのも気が引ける。このまま引き返したほうがいいなと見切りをつけて彼は新聞を閉じた。ため息しか出ない。
「失礼します。隊長よろしいですか?」
「どうした?」
「隊長にお会いしたいという方が居られまして……仕事の話です」
なんだかんだと出入りが激しいので開けっ放しにしていた部屋の入り口に立っていたのはガタイの良い体つきで生真面目そうな男の曹長。扉を軽く叩き、こちらの返事を待って曹長は律儀な答礼を示してから部屋へと入ってきた。彼の言葉に少尉と顔を見合わせ頷いて立ち上がった。
「……どういたしますか?」
「よし、会おう。案内してくれ」
<***>
蝋燭の炎が揺らめいている。
年代ものの使い古された燭台の上で、寒い夜を暖めることもなく。
凛々しく美しい少女が強い視線でこっちを見つめている。……まいったな。その視線に晒されて胸中で嘆息する。なにか切なる決意を抱える瞳の色が緊張感という音色を伴って注がれる。その視線を感じながら目を合わせないように視線を下げたまま観察をした。この狭く汚い部屋にはあまりに似つかわしくない、質素に装ってはいるが高そうな生地の衣装で真正面に座っている。
「……無理だな、降伏したほうが良い」
薄っぺらい何枚かの紙に目を通して得た情報を大雑把に口に出してから、頑丈だけが取り柄のような机の上に放り投げる。机の上に音も立てず散らばった紙を押さえつけるよう、大きな音を立てて青年の手が叩きつけられた。
「姫様! やはりこんな輩に頼ったのが間違いです! 態度だけが大きいだけで何の役にも立ちません!」
「策でもあるのか? 特攻願望はよくないぞ、真っ先に死ぬのは兵だからな。次に平民。こんな金額でしか傭兵を雇えないんだったら勝ち負けは決まっているようなもんだ」
落としていた視線を転じて少女の隣で喚いている青年へと向けた。若者らしい負けん気と頑固そうな顔つきに俺は睨まれ、ガルフは面倒くさそうにため息を吐いて視線を天井へと向ける。それを見てか姫と呼ばれた少女が声を響かせた。夜に通る声。
「控えなさい。この方の言うことはもっともです。我々だけでは勝てぬと踏んだから、こうやって助力を請いにきたのですから。それがわが国の捻り出せる予算の大半なのです。申し訳ありません。値打ちものの骨董品ならいくらかありますが急で用意できなかったので、足りないのならば……」
「姫、おやめください……こんなどこの馬の骨ともわからん男に!」
「あのな、俺達はこう見えてもプロだ。金さえ支払われれば相応の働きはする。だがな、あんた達が提示した金額じゃ全く足りない。こんな金で命をかけられるか。それにな、もし俺達が参戦して勝ったとしても多くの兵が死ぬ。負ければ国が滅ぼされてもっと多くの人が死ぬか奴隷だ。それに比べれば大人しく降伏したほうがいい」
「降伏なぞできるかっ! 国を明け渡すくらいなら、死を選ぶ! 我々の代々守ってきた伝統ある土地を……! 傭兵風情が口を出すことではないっ!」
「伝統かなんだかの為に死ぬことを考えたら随分マシだと思うんだがな……あんたの意固地な考えだけで民を巻き込むなよ」
反論が返ってくる前に立ち去ろうと席を立って扉に手をかけた時、お姫様の制止の声に呼び止められて肩越しに振り返る。燭台の炎が映える意志の強い瞳に見つめられ、無視することができなかった。
「待ってください。どうしても、引き受けてはもらえませんか」
「無理だ。部下に命をかけて安働きさせるわけにはいかないのでね……降伏をオススメするよ」
意思の強い視線とは裏腹に声にはなにか堪えるような響きがあった。断ろうとすると罪悪感を掻きたてる響きに胸が痛む。だが人情で引き受けるわけにはいかない。声を振り切るよう力を意識的にこめて扉を開いてその場を後にした。全くこんなところへ来なければよかった。
外にはここまで案内をしてくれた曹長と何故か少尉までついて来ていた。依頼相手が気になったらしい。気を使って寒い廊下で待っていた二人に首を振って結果を示すと、肩を軽く叩いてそのまま出口へと向かう。外気を閉ざす扉を開けると白い息が尾を引いて後方へ流れた。
<***>
「いやぁ綺麗な人でしたよね」
「そうね」
「あれでお姫様というんですから、ほんと完璧ですね」
「ほんと、勢い引き受けることになるかと心配しましたよ」
妙にはしゃいでる曹長を適当にあしらいながら少尉がこちらに投げる視線を、肩をすくめてやり過ごしつつ迷路のような路地を下り郊外の宿屋に向かって足を速める。
「しかし、これからどうします。もう引き上げますか?」
「そうだなぁ……」
呟いた言葉はなににも繋がることなく途切れ、無言で三人は帰途へとついた。
<***>
コンコン。
コンコン。
木の扉を叩く音がかすかに響く。その音に反応してパチッと目を覚ますのは傭兵稼業のサガだろうか。特に変な気配は感じなかったのでベッドから抜け出て時刻を確認した。机の上においた懐中時計を開いて目を凝らせば深夜というか早朝というか酷くあいまいな時間だった。
「誰だ?」
「私です。こんな時間にすいません。ご迷惑だとは思ったんですが……」
「町で迷子になっていたのを□□少尉が見つけたそうです。隊長に話があるそうなので連れて来ました」
その声に驚いて扉を開ければ聞き間違えでない姿を認める。確かにあのお姫様に特務少尉が複雑な顔を押し隠して立っていた、俺に鋭利な視線を向けながら。なにか飲み物でも出してやりたいが、あいにく適当なものがなかった。
「そうか……とりあえず入ってください。少尉、何か温かい飲み物を頼む」
「はい」
事務的に答礼して特務総長は部屋を出て行った。彼女は伏目がちでさっきとは印象が違う少女らしさで、とりあえず部屋に招き入れ部屋にひとつしかない椅子を差し出す。ため息をつきたくなるのを堪えてベッドの上に座り彼女に話を促す。
「ふう、まったく驚いた。無茶なことをするお嬢様だな」
「二人きりでお話がしたくて……あの、どうしてもダメですか?」
「昨日の話しか? こっちも命をかけているんでね安売りはできないんだ」
「そ、それなら……私の身体で払います。ですから、お願いです」
いきなりの台詞に眩暈がした。そんなに思いつめてるのか、ただの馬鹿なのかよくわからない。寒さではなく震える身体を堪えて縋るように身体を添わせてくる少女を手で制す。全くなんてことを言い出すんだ。変な夢でも見ているのかと思った。
「待て待て、落ち着け。何を言っているのかわかるか? そんなことができるなら降伏でも政略結婚した方がいい。一時をしのぐために俺に抱かれるつもりか?」
「私の身体を差し出すのはかまいません。ですが、国は譲れません……お願いします」
「俺が楽しんでも部下たちの生活は楽にならないよ」
勘弁してくれ。そんな心持ちでゆっくりと息を吐いた。少女は何かを堪えるようにうつむいて唇を噛んでいる。あ、まずい。こんなところで泣かれたら特務総長に何を言われるか、もうすでにわかったもんじゃなかったが。しばらく無言の重い空気が流れた。身悶えするようなその時間をやり過ごす術を探して視線が泳いだとき、少女の視線に捕らえられてしまった。白い手が伸びてくる。
ヤバイ。なにか本能的に感じたその瞬間、見計らったように特務総長が戻ってきた。靴音もなく二度の微かなノックで部屋に湯気を伴った飲み物とともに現れた。
「……わかった。あの金額で戦えるのは一戦だけだ、一戦だけ勝ってやる。俺ができるのはそこまでだ。その後は同盟でもなんでも政治的取引をうまくやるんだな。それで納得してくれ」
一瞬の間を逃さずガルフは素早く言葉を割り込ませる。二人の女性の機先を制して払った代償はいかほどか、少なくとも突破口はみえている。最悪ではないはずだ。とはいえ、自分の嫌なものを見たくないために戦争をするという傲慢さには自分にも辟易していたのだが。
<***>
■2
小国にも兵隊はいる。だがその内訳は常備兵はわずか、義勇兵が大変を占めて若い。ガルフは下仕官らとその様子を見回って顔をしかめる。震えて俯く若年兵に声をかければ声をかけられた若年兵は身をすくませて精一杯の声で答礼をした。
「大丈夫か?」
「は、はい。戦闘前はいつもこうなんです。覚悟はできてます……ずいぶん慣れたと思ってもやっぱり怖いですね。あ、ちゃんと役割は果たすので心配しないでくださいっ」
ガルフは下仕官と顔を見合わせてため息をつかずにはいられない。咳払いをして、その場を離れる。適当な答礼さえも返せていない。軍隊として運用できる質と規模ではないのはわかっていたが、それでもガルフは呻くように訊ねた。
「……どうだ、使えそうか?」
「はい、いいえ。隊長。士気は高いですが錬度が低すぎて使えません。奴らだけではこの城は一日も持ちませんな。どうしますか?」
「そうか、まあ予想通りだ。人員としては数えるが戦力としては数えん」
「ってこたぁ……俺達だけで?」
「そのほうがいい。手が足りんから彼らも使わないわけにはいかんがな」
「まぁ、隊長に従いますよ。戦に関しちゃ信頼してますから」
「頼む」
<***>
姫は自室で一人、ふさぎ込んでいた。
そんなときには決まって悪魔が囁く。
早く自分を使え、使いどころを間違えば君の国はなくなると。
悪夢のよう。いや、悪魔のささやきなど悪夢そのものか。
「この一戦勝たねば、ならぬのです。悪魔抜きで」
一戦勝ったとして、そのあとは?
あの傭兵を国に留めておく算段か。色仕掛けでもするのか。
「色仕掛けなら……もう、断られました」
泣きそうな顔で、震える声でこぼした。
何か、堪え切れない思いでこぼしたそれを、悪魔は楽しそうに。
ご苦労なことだ、僕を使った方が確実だろうに。
「確実な、破滅です。悪魔は解き放てない……わたしは……」
言葉にならぬ思いの代わりに、姫は震える身体を抱いて涙をこぼした。
資料はここで途切れている……。
Over 20100915

[826 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[447 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[491 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[198 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[402 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[323 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[246 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[182 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[103 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[145 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[141 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[100 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[277 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
[35 / 400] ―― 《黒い水》影響力奪取
[147 / 400] ―― 《源泉》鋭い眼光
[77 / 300] ―― 《渡し舟》蝶のように舞い
[93 / 200] ―― 《図書館》蜂のように刺し
[67 / 200] ―― 《赤い灯火》蟻のように喰う
[43 / 200] ―― 《本の壁》荒れ狂う領域
[66 / 100] ―― 《珈琲店》反転攻勢
[100 / 100] ―― 《屋台》更なる加護
[55 / 100] ―― 《苺畑》不安定性
[0 / 100] ―― 《荒波》強き壁
[0 / 100] ―― 《小集落》猛襲
[0 / 100] ―― 《落書き壁》リアクト
―― Cross+Roseに映し出される。
・・・・・ヴオオォォォ・・・ッ!!
チャットに響く走行音。
アルメシア
金の瞳、白い短髪。褐色肌。
戦闘狂で活動的な少女。
鎧を身につけハルバードを持っている。
ヴォンヴォンヴォンヴォンッ
 |
アルメシア 「・・・・・・・・・最高、だッ」 |
アルメシアがバイクで登場する。
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
エディアン
プラチナブロンドヘアに紫の瞳。
緑のタートルネックにジーンズ。眼鏡をかけている。
長い髪は適当なところで雑に結んである。
 |
白南海 「・・・・・・・・・最高、だッ」 |
 |
白南海 「・・・じゃねぇよおい!チャットで爆走すんなうっせぇぇ!!」 |
 |
エディアン 「これはこれは、アルメシアさん。良い馬を手にしましたね。」 |
 |
アルメシア 「そうだろう!癖のある跳ね馬だが、御せれば最高の馬だぞこれは!!」 |
 |
白南海 「鎧姿にバイクとか・・・・・素直に馬はいなかったのか馬は。」 |
 |
アルメシア 「馬では限界があるだろう?進化とはこういうものと私は思う!」 |
 |
白南海 「はぁそうっすか、いや絶対違うけどな。」 |
 |
エディアン 「そういえば、アルメシアさんはマッドスマイルさんのこと知ってます?」 |
 |
アルメシア 「マッド・・・?何だそれは、人の名なのか?」 |
 |
エディアン 「ふむ、ロスト同士はお知り合いじゃないんですね。」 |
 |
白南海 「そもそもロストってのはどういう・・・・・・ぁ、この質問はやばいん――」 |
――ザザッ
チャットが閉じられる――