
夜空。
星空の広がる空の中、楓子がふわりふわりと浮かんでいる。眼下には街。年末を控えた街には深夜でも明るく光り、蛍光灯の光を反射する雪が淡い光を携えていた。
音も光も眼下から。楓子に並ぶものは何もなかった。
一人で考え事をする時、楓子は深夜に空へ飛ぶ。マフラーを口元まで運び、腕を組み、何処へ向かうでもなくふわりふわり。
──まさかコウト君に彼女が出来るとはなぁ。しかも相手が髪長先輩とは、世間は狭い。
思うのは親しい人の近況だ。小暮 煌都、付き合いがそこそこ長い年下の男の子。明るく善良。髪長の事はあまり詳しくはないが、良い人だといった噂をよく聞く。
幸いな事だ、と思う。
──私みたいな事にはなりそうにない。
マフラーに手を添える、それが巻かれた首に。いまだに時折思い出す中学二年の事。そのせいでもあるのか、楓子はいまだに男性に対して異性愛を持つ事が出来ていない。信頼という面ではあると思うが、それも何処までか怪しいものだと思っていた。
●
怖い。
どんなに力をつけても、怖いものは怖い。
暗い部屋で、私を押さえつけて私を見たあの目をいつも思い出す。
あの目が怖い。
いつになったら克服できるのだろうか。
自己嫌悪に陥って、ぐるぐると回転する。
「あーあー」
思い出したくない事を思い出した時のリアクションその一、声を出す。
「あー! あぁー!」
カラオケに行く気分でもない時、声を出して胸に溜まった陰気を吐き出すように。
「あぁあああ!!! ……はぁ」
くるりと平行姿勢に戻って、大きくため息をつく。どうにかなったわけではないけど、少しは気晴らしになったかもしれない。良い話ではあるけども、他人の恋愛話を少し深く考えるといつもこうなってしまう。恋愛話自体は好きなあたり始末が悪い。
帰るか、と眼下に目を向けると、
「……? 私?」
一体の分身が上昇してきた。
三●
上の楓子は上昇してくる楓子を待った。展開している分身の多くは、一定時間……大体一日くらい過ごした後にそれぞれ戻ってきて、楓子と記憶を統合する。分身自体も楓子と同じように考える為、即座に情報展開をした方が良いと判断した場合もやってくるので、統合タイミングはバラバラだ。
だから特に警戒もしなかった。上昇する楓子を無警戒に待つ。
そのぼんやりとした頭に不可視の衝撃が走った。
──!?
まるで拳で思い切りぶん殴られたような衝撃。態勢を崩して落下するが、二秒程で復帰。
「何事ですか、今の……!」
返事も期待しない呟きに、
「攻撃よ」
返事が来た。月を背に、楓子の上を陣取る分身。先ほどまでと位置関係が逆転していた。彼女は不遜に腕を組み、暗がりでもわかる嗜虐的な笑みを浮かべていた。
楓子はいまだに事態を理解出来ないまま、分身を困惑の表情で見る。間違いなく、剣ヶ峰楓子と同じ外見をして……いや、頬に火傷の痕がある。恐らくマフラーの下まで大きく広がっている事が想像される痕だ。
「こんばんは、私。良い夜ね」
言いながら彼女は右腕を振った。
──攻撃だ。
楓子は空中でバク転。空になった空間に何かが通過していく感覚がある。不可視の打撃だ、これは一体。いや、やろうと思えば自分もやれる。そこまで思い至れば、楓子はやっと決断する。
目の前の分身は、間違いなく敵だ。何かしらの異能による干渉で、もはや同一の剣ヶ峰楓子ではない。
──動け。
戦闘だ。イノカク以外でこういった事をするのはいつぶりだろう。ニノマエ先輩との喧嘩が最後だろうか。それともいつぞや謎の組織に襲われた時以来か。
雷硬剣を四本展開。それぞれ周囲を浮遊させて盾代わりにしながら相手の様子をうかがうように飛行する。
「受け身ね。まぁ貴方の育ちならそんなものでしょ」
相手は楓子を見て失笑。明らかに下に見て、馬鹿にしている。今度は腕を振らず、楓子へ向けて右腕を突き出し、指を鳴らす。それだけで楓子の前面にあった雷硬剣が一つ霧散した。
「ほらほら、早くしないと死んじゃうわよ」
攻撃の連打がくる。その仕草はどれも適当だ。どうやってもいいのだろう、楓子も異能行使に特別なモーションは必要ない。即座に雷硬剣を再展開しながら、相手にも差し向ける。
しかし、攻撃に向かった雷硬剣はたやすく霧散させられた。こちらへの攻撃も全く緩まない。
──そうでしょうね! きっとそうだろうと思ってましたよ!
「言っておくけど」
いまだに一歩も動かず攻撃を繰り出してくる相手は、気だるげに楓子へ言う。
「そんな適当な事ずっとやってると、街ごと潰すわよ」
その言葉に楓子が反応する。防御に重点を置いた旋回機動をやめて、突如として稲妻のような勢いで彼女へ向かう。防御に使っていた雷硬剣を手に取り、遠慮のない上段斬り。
彼女は防御態勢すら取らずそれを止めた。
硬質の音が夜空に響き渡る。
よく見れば、楓子の雷硬剣は停止しているが、透明な何かに受け止められたように震えている。
──透明な防御フィールド? 一応防御はするわけですね。
攻撃のターンを楓子は手放さない。背後に更なる雷硬剣を展開し、全方向から攻撃する。
彼女は不動のままその攻撃を不可視のフィールドで防御。そのまま反撃に出る。
雷の速度で動き回る楓子と、不動のまま不可視の攻撃を放つ楓子。
雷と不可視のインファイトが繰り広げられる。
「貴方、何者ですか!」
「私よ。見ればわかるでしょ」
「そういう事ではなく!」
「……剣ヶ峰楓子、間違いなくね。貴方とは育ちが違うけど」
「育ちぃ!?」
剣ヶ峰楓子同士の攻防は互いに強打を放ち、一旦仕切り直しとなる。星空の下、互いににらみ合う。
「……質問を変えます。貴方の目的は?」
「あぁ、答えやすい質問をしてくれるわね」
敵の楓子は、改めて腕を組み、こう言った。
「私はね、魂ごと死にたいのよ。体なんていくらでも替えが出来ちゃうから……そう、魂ごと。誰にも蘇生出来ないように。その為に色々歩きまわって、ここまで来た」
「死にたい……死にたい? そんな事あります? その為に人に喧嘩売ってんですか、貴方」
楓子のその問いに、彼女は表情を変える。
敵意溢れる笑顔から、ただ憎しみだけ匂わせる無表情に。
そこが彼女の地雷なのだと楓子は察した。
「貴方には分からないでしょうね。親が死んだあとも親代わりが現れ、アイツを叩き返した貴方には」
返事から楓子は察した。
彼女は、別の歴史をたどった剣ヶ峰楓子だ。
"両親が死んだあと、シェリル・ウィステリアがこなかった私"だ。
それがどういう事になるか、考えただけでも恐ろしい。
だから、
「それは、確かに私とは仲良く出来ないでしょうね……」
「分かってくれたようね」
彼女はそういって、楓子の雷硬剣を見る。
「ところで、それ何のつもり? わざわざ威力落としてるでしょ。
殺せって言ってるのよ、ほかに出来ないの?」
「殺せと言われて殺せる奴はそうそういないんですよ、頭悪いんですか?」
「はぁ……」
呆れと失望に満ちた溜息。
「出直すわ、このまま1時間やりあっても貴方本気でやりそうにないし」
「……」
「あぁ、それと」
言い忘れた、と彼女は振り返る。
「私は殺人経験ありよ。相手が誰かは分かるでしょ」
「……そうですね」
そういって彼女は夜空に消えていった。
一人残された楓子は、星空に再び漂いながら、これからどうすればいいかを考え始めた。
どうやってもう一人の剣ヶ峰楓子と付き合っていけばいいのか。
彼女の原動力は怒り、絶望、失望、そんな所だ。
自分が出来る事はほぼ出来るに違いない。
本当に死にたいのだろうか。そこは間違いないだろう。そこを偽る意味はない。
ならば"どうやって蘇生させないようにするか"だ。
楓子の蘇生異能は本人の意思がトリガーになるものではない。
『私』と相談しなければならない。
しかし、出てきてくれるだろうか。
答えは出ない。星空にはいつの間にか雲がかかっていた。

[861 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[444 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[500 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[193 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[397 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[305 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[216 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[156 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[79 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[134 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
[5 / 5] ―― 《美術館》異能増幅
[128 / 1000] ―― 《沼沢》いいものみっけ
[100 / 100] ―― 《道の駅》新商品入荷
[182 / 400] ―― 《果物屋》敢闘
[28 / 400] ―― 《黒い水》影響力奪取
[48 / 400] ―― 《源泉》鋭い眼光
[22 / 300] ―― 《渡し舟》蝶のように舞い
[49 / 200] ―― 《図書館》蜂のように刺し
[0 / 200] ―― 《赤い灯火》蟻のように喰う
―― Cross+Roseに映し出される。
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カオリ 「ちぃーっす!」 |
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カグハ 「ちぃーっす。」 |
カオリ
黒髪のサイドテールに赤い瞳、橙色の着物の少女。
カグハと瓜二つの顔をしている。
カグハ
黒髪のサイドテールに赤い瞳、桃色の着物の少女。
カオリと瓜二つの顔をしている。
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カオリ 「・・・・・あれぇ?誰もいなーい。」 |
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カグハ 「おといれ?」 |
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カオリ 「そうかもね!少し待ってみよっか?」 |
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カグハ 「長いのかな・・・」 |
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カオリ 「・・・・・・・・・あーもう!全然こなーいっ!!もう帰ろう!!!!」 |
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カグハ 「らじゃー。ざんねんむねん。」 |
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カオリ 「むー、私たちみたいにどこかドロドロになってないかなぁーって思ったんだけどなぁ。」 |
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カグハ 「ドロドロなかま。」 |
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