昔々 あるところに人間と人間ではないものたちが共存していた世界がありました。
人間ではないものたちは人間の暮らしを助け 誰もが平等に暮らしていました。
そのなかでも一番人間を助けていたのは《魔女》と呼ばれるものたちでした。
彼らは《魔女》でありながら《女性》とは限らない 特別な種族でした。
全員が元々は命を持たない存在であり 自然にある魔力が集まり魔術生命となった 変わった種族でした。
《魔女》になり損ねてしまった存在もいれば とびきり優秀で《個体名》を持つものもいました。
年月が経つにつれ数を増していく《魔女》を人々はやがて《ウィルフィクス》と《成り損ない》の二種類に分けるようになりました。
己等を助けてくれる《魔女》は《ウィルフィクス》 そうでないものは《成り損ない》――――
《魔女》たちにとって《ウィルフィクス》に分類されることは何よりの誇りでした。
そうして数百年が経った頃 とある鉱山の宝石が《魔女》へと変異したのです。
その知らせを受けた《ウィルフィクス》の当時の長はすぐさま駆け付け《ウィルフィクス》にふさわしいか見極めたのです。
しかし その必要はありませんでした。 その《魔女》は長の姿を見れば一言こう言ったのです。
〔 ■■■■■■■■■ 〕
《ウィルフィクス》たちはその膨大な数から識別番号を振られていました。
長さえも番号でしか表してもらえない存在でした。
けれどもその宝石はたしかに 《個体名》を名乗ったのです。
これは奇跡だと きっとこの宝石は世界に今以上の平穏をもたらす存在なのだと誰もが信じて疑わなかったのです。
事実としてその《魔女》は誰よりも優秀で誰よりも優しく慈悲深い存在でした。
しかしそうでありながらも《魔女》の誰からも愛されはしませんでした。
同族から疎まれてしまった《魔女》は自ずと深い深い森の奥へ移り住んでいきました。
それでも人間たちだけはその《魔女》を愛しました。
森の奥にいても毎日人間たちが訪れては近況を話したり 相談をしたり。
果てにはその《魔女》にプロポーズをする人間さえも現れました。
けれども《魔女》はそれらをすべて断り ただ一度だけ人間からの贈り物を受け取りました。
小さな狭い檻に仕舞われた黒猫。傷だらけのそれを見て《魔女》はなんてひどいことをしたのと人間を責めました。
初めて 《魔女》が感情を表に出した日でした。
《魔女》は黒猫の傷を癒し食事を与え湯浴みをさせ――とにかく尽くして尽くして尽くしました。
左右非対称の色をした瞳と 二又に分かれた尾が黒く艶やかで《魔女》は大層その子を気に入りました。
そしてふと思いついたのです。
「そうだ、この子を自分の弟子にしよう」と。
己が同族に嫌われていてもそれでも己は同族を助けたいから。
その力をこの黒猫にわけてあげようと《魔女》は自分の核と瓜二つの宝石を施した首輪を黒猫につけました。
〔 ■■■ 〕
――そして愛おし気に《弟子》の名を呼んだのです。
《魔女》にとって《弟子》との日々は楽しく幸せなものでした。
小さく掌におさまる程度の黒猫が今では己を乗せて運べる大きさにまで育ったのです。
やがて《弟子》は人里に下り 《魔女》が開発した魔法薬を困っている人間に与えるようになりました。
そして自らも人間に化ける薬を開発したのです。
《弟子》は人間に化けられるようになって数百年たったころ 《魔女》に言いました。
―― 師匠は 僕がいなくても生きていける? ――
《魔女》は酷く戸惑いました。
彼が自分から離れることなんて微塵も考えたことがなかったからです。
その問いの真意を探る様に間を作ったあと《魔女》は静かに首を振りました。
そしてはっきりと「生きていけない」と答えました。
《弟子》はそれを聞くとにんまりと満足そうに笑って「よかった」と答えたのです。
僕と師匠だったらきっと寿命に差があるから、と《弟子》は申し訳なさそうに理由を話しました。
それから続けて言いました。
―― 僕は師匠が大好きだからずっと一緒にいたいよ ――
言葉は軽くありふれたものでした。
しかしそれを語る《弟子》の表情は今まで見たことがないほど真剣なもので
ありふれた「好き」という言葉に込められた想いを《魔女》は察してしまいました。
《魔女》にとっても《弟子》は特別な存在でした。
きっと愛していたのでしょう。人間の感情であてはまるものをいうならば。
けれども 《魔女》は静かに首を横に振りました。
「きっとそれは勘違いよ」――と冷たく 線を引いたのです。
《弟子》はその言葉にひどくショックを受けました。
受け入れてもらえない悲しみからわんわんと大きく泣きました。
泣いて泣いて ようやく気付いたのです。
―― きっと僕が 師匠を置いて逝ってしまうから ――
《魔女》のことを何よりも愛していたからこそ《弟子》はその気持ちを封じ込め
何事もなかったかのように日常へと戻っていきました。
……あの時までは。
それは突然のことでした。いいえ もしかしたら何か前触れがあったかもしれません。
人間たちが「人ならざる者が自分たちを支配しようとしている」と武器を手に取ったのです。
平穏だった世界は一気に崩壊し 人間たちが無抵抗なものたちを虐殺していったのです。
《個体名》をもつ森奥の《魔女》もそれの標的でした。
誰よりも手を差し伸べどんな些細なことでも助けたあの《魔女》でさえも標的でした。
―― どうして どうして ――
《魔女》は燃え盛る戦火の中必死に逃げ回りました。
宝石である彼女が炎に焼かれて死ぬことはないとわかっていても逃げ回りました。
ただ哀しかったのです。裏切られたという事実だけが悲しくて仕様がなかったのです。
けれどもきっといつかはおさまるだろうと思っていました。
一時的なものだと信じていました。人間たちは優しいから話せばわかってくれると愚直なまでに信じていました。
しかし それはあまりにも残酷なことでした。
―― 《魔女》だ! 殺せ! あいつもきっと俺たちを支配する ――
―― 《師匠》! 逃げて! 僕が囮になるから ――
―― 貴様 邪魔をするな! おれたちは 《魔女》をころして ――
無抵抗で逃げる《魔女》を庇うように立ち塞がった《弟子》は同じく無抵抗なまま人間に殺されてしまいました。
最期の 最期まで 「教えた魔術で人間を傷つけてはいけないよ」 という《魔女》の教えを守りながら。
倒れていく《弟子》の姿を見て《魔女》は逃げるのをやめました。
呆然と立ち尽くし《弟子》の亡骸を抱きしめていました。
これ幸いと人間たちが《魔女》を取り囲み一斉に攻撃を仕掛けました――が。
瞬きの間もない一瞬のうちに辺り一帯には《魔女》と《弟子だったもの》しかなくなったのです。
膨大な魔力量のせいでしょうか。
ぽつりぽつりと雨が降り戦火を鎮めていきました。
《弟子だったもの》は最期の力を振り絞ってたった一言言ったのです。
―― ――
その言葉をきいて《魔女》は《魔女》になって初めて泣きました。
そして小さく「わたしもよ」と呟いて雨が止むまでの間その場にとどまっていました。
《弟子だったもの》を抱えて《魔女》は自分の住処へと帰っていきました。
森奥の小屋は防衛魔法によって無事でした。
《魔女》はそっと《弟子だったもの》を寝台に乗せると優しい手つきで解体を始めたのです。
《弟子だったもの》の艶やかな黒色の毛を染料に
左右非対称の色をした瞳は宝石に
そしてその体は――
ごくりと最期の一口を呑み込み終えると《魔女》は鏡にうつる己の姿にそっと嘲笑を浮かべたのです。
白く穢れを知らなかった衣は《濡羽の衣》となり 身体から生える宝石には青と緑の宝石が混ざり。
《弟子だったもの》は全て己のナカにある。
そしてこの世界にはもうかつての《魔女》はいない。
―― きっとこれでいいのですわ。 わたくしはもう 誰も信じない ――
―― 貴様らがわたくしを悪とするならば お望み通り悪に成り果てましょう ――
―― だってこの世界にはもう わたくしが愛したものはいないのですから ――
―― けれどももし またなにかを信じられたなら ――

[844 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[412 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[464 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[156 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
[340 / 500] ―― 《大通り》より堅固な戦型
[237 / 500] ―― 《商店街》より安定な戦型
[160 / 500] ―― 《鰻屋》より俊敏な戦型
[97 / 500] ―― 《古寺》戦型不利の緩和
[41 / 500] ―― 《堤防》顕著な変化
[17 / 400] ―― 《駅舎》追尾撃破
ぽつ・・・
ぽつ・・・
白南海
黒い短髪に切れ長の目、青い瞳。
白スーツに黒Yシャツを襟を立てて着ている。
青色レンズの色付き眼鏡をしている。
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白南海 「・・・・・ん?」 |
サァ・・・――
雨が降る。
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白南海 「結構降ってきやがったなぁ。・・・・・って、・・・なんだこいつぁ。」 |
よく見ると雨は赤黒く、やや重い。
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白南海 「・・・ッだあぁ!何だこりゃ!!服が汚れちまうだろうがッ!!」 |
急いで雨宿り先を探す白南海。
しかし服は色付かず、雨は物に当たると同時に赤い煙となり消える。
地面にも雨は溜まらず、赤い薄煙がゆらゆらと舞っている。
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白南海 「・・・・・。・・・・・きもちわるッ」 |
チャットが閉じられる――