くもくいさまはうなぎのことしか考えられない。
いまそういうタイミング。マジで。
回想とか、イバラシティのこととか考える余裕がない。
パーティ別れた瞬間うなぎに全員締め上げられて、見える距離に全員落ちてる。
解散、できなかった。
もうほんとうなぎに勝てるかどうかの瀬戸際みたいな真剣勝負なので、くもくいさまパートは本日お休みです。
【アムリタによる独白】
いや、ね、正直、「マジで?」と思ったよね。
期待と共に、ですよ。なんなら期待200%でその瞬間を待ってたわけ。こっちは。完全に。
だって豪華な体つきと滑りとうなぎ、完全に「勝利」じゃん?
人類が必ず通るべき道筋にある当然のシナリオだと思うじゃん?
いや俺はね、あのー イバラシティでもとある少年としみじみ語り合ったわけ。
体の曲線が派手な方が、光沢が「ひかる」って。
文字通り、光るんですよね。こう、存在が、確実に、豪華みを増す。
俺は確かに美の権化だし、なにを添えても美の象徴にしかなんねえなみたいなとこありますけど。
でも潜竜ちゃんのガタイのよさと比べたとき、光沢、を、どちらが活かせるかとなると。
結局のところ、俺のようなスレンダー系ってのは体に曲線が少ない。
凹凸の少ない体ってのは……そのぶん、なんというかこう、「静か」だ。
俺がよくポーズ取りがちなのはまあ「美しさを生まれ持ったものの定め」みたいなところあるけど、それとは別に、自主的にカーブを描くことの重要性を知っているからだ。ナチュラルに、スレンダーな俺をそのままお出しするだけでは、少し上品すぎてとっつきにくさがある。地の美しさ勝負には情熱はなく、そのまま美を取って出し、では美術館の静謐に似た緊張と硬直がある。
だけど潜竜ちゃんのムキムキ野郎ぶりは違う。
凹凸がある。体を動かすたびに、光を受けて煌めく。
人体におけるブリリアントカットってやつだ。
そらもう「正解」、ド正解よ。派手な凹凸ってのは派手に輝く。美の基本だ。
グッ……と、欲望を強烈に煽る。鮮烈な生命を見せつける。青は涼やかな印象を受けるけれども、青い炎というものは赤いそれよりもはるかに高い熱を持つのだと、その瞳に思い知らされる。
冷静な精神と、情熱の肉体。
人は興奮の瞬間、ざあ、と血管に血の流れる音を耳に聴く。
それは声なき歓声だ。
静寂と不変の美とは異なる、沸き立つ生命の美だ。
それが、潜竜の持つ美。
きっとそのうなぎの粘液の輝きは、王をより最高なかんじに仕立て上げてくれるものと完全に期待1200%でいたわけ。
まさかだよね。
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みつあめさん 「ねえ世の中大変みたいだけどさあ、潜竜ちゃんはどやってウナギと戦うん!?」 |
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通信機のむこう 「(銃声)いや俺ウナギとは戦わんが。(激しい銃声)」 |
そんなことある?
ある?そんなこと。
潜竜ちゃんウナギと戦わないでなにと戦うの?ハチャメチャに困惑してしまった。今もしている。
だってそんな…………そんなこと世界が許しても粘液の神的なものが許さなくない?
許すの?
潜竜ちゃんが……完璧な「王」ってやつだからか?
ツラが……良すぎ……なおかつ王気がすごく……
従わなきゃ……って思っちゃったのか?粘液の神は?
マジかー……
一長一短だな……パーフェクトってのも……
俺が不老不死じゃなかったら衝撃のあまり寝込んでたかもしれない。
よかった〜不老不死で
ほんとよかった〜
いいことしかねえな不老不死……
不死だし長い年月のうちいつかは……ぬとぬとにまみれた潜竜ちゃん、見れるかな……
ね、わくらばちゃん……俺……頑張ってその日を待つから……
だから、見守っててくれよな……
俺たちの、生き様ってやつを、さ……
(切なげに眼元を歪ませ未練を振り切るかのように天を仰いだ。浮いてたきょむが、アッハイみたいな感じで適当に頷いていた。プリンを食べるのに夢中だったのだ。イバラシティのプリン炊きの記憶に、めちゃくちゃに釣られたのであった)
【一般高校生の思考】
しぃ、が、人間ではなかった。
それはまあ、覚悟していたことだ。思い出した『正しい記憶の世界』に、あいつはいなかった。
過去の俺は、およそ健康的とは言い難い精神だった。
今もそうっちゃそうだけど。
アンジニティのいる前提の世界のふわふわとした俺と、本来の俺は少し違う。
しぃは自分のこと、『いつものイバラシティの自分とは違う』って気にしてたけど……いや気にしてたかどうかはわかんね、あいつはしぃ本人ってわけじゃないから……それを言うなら俺だってそうだ。父親が暴走した、みたいな言い方になったけど、あいつだってそう。アンジニティがいなかった世界は、俺の周りに関してはもっと殺伐としてた、ハザマみたいに。それだけのこと。
俺はしぃのほんとのことは何も知らねえけど、あいつだって元々の俺のことは何も知らない。
高校なんてロクに行けてなかった……というか俺高校中退みたいな扱いだったんだろうか、あれ。家に帰れなくてしょうもない人間とつるんでそらもう大荒れっつーか倫理観ゼロというか治安などないたいうか。アルコールタバコ薬くらいは全然キメてたし(下手に異能があるせいで俺と俺の周りはハードルガタ落ちだった。中毒症状なんて脳の変化は俺の異能でどうにでもなる)、そのための犯罪はそこそこに嗜んでたし(俺は荒事苦手っつーか向いてる異能じゃねーからケンカとかは昔もしてなかったけど)、つるんでたやつの何人かはヤのつく方々と接触とりはじめて(そんでもってその気になって偉そうにし始めて、仕入れたヤクを高値で売り付けはじめてた)たぶんもうこのコミュニティも終わりだな、みたいな感じの、そういう、まあ小さな社会にいたわけだ。
30分先のことなんて考えちゃいないし、街の外なんて別世界みたいなもんで、本一冊もろくに読めた試しのないような感じ。俺は今「しぃと会ってるパターンの俺」に自主的に傾いてるふうだけど、しぃと会うまでにけっこう意識して前の俺のこと忘れるようにしなきゃなんなかった……まあ、とはいえ、考え方を変えれば楽になったけど。元々ニワトリだったのが、人間の意識を一度持ってしまったら、元に戻ろうったって羞恥や自省が捨てられるわけじゃないし、狭い小屋に我慢はできない。こうして思考を続けられる時点で、俺は元々の俺とはだいぶ違った生き物になってるんだろう。や、まあ、流石に無思考で犯罪繰り返すのはもう無理じゃん、運良くスルーされてきただけでいつ院いってたかって話で……いったとこで、過去の俺なら気にしなかったどころか、まあまあ勲章レベルの考えしかなかったかもだ。
だから正直、父親なんて死んでくれて構わないし、しぃが殺してくれるってんなら願ったり叶ったりだ。
100%「しぃと会ってるパターンの俺」なら、葛藤とか罪悪感とかはあったんだろう。
でも本当の俺はそんなの知らない。そんな倫理的な教育はされてなかったし、そういう倫理をもつ人間がいるってことも意識してなかったし、そもそも衝動的にオッケーしてあとのことは考えないだろう。
今の俺は、……半分半分。父親が死ぬことについてはどうでもいいけど、デメリットについてはちょっと考える。ハザマで死んだ場合、イバラシティでどうなるかわからない。そもそもここで「死ねる」かどうかもわからない。それから、
しぃがあいつに会って、過去の俺を知ることになるかもしれない。
……しぃの倫理観についてとか、そういうことは知らない。でも俺の知ってるしぃ、は、喧嘩は強いし野性的なところはかなりだいぶあったけど、思考を捨てた人間とは明らかに違った。元々、人間じゃない生き物だったから、人間になってもそういうところは引き継いでいたんだろう。自分の中でのルールみたいなものに厳格だったし、衝動を捨てるでも振り回されるでもなく、乗りこなしていた。元々の俺のいたコミュニティにそういう奴がいたら、たぶんカリスマみたいになって、さっさと別の世界に出ていってたんだろうと思う……「特別」になり得るかんじっつーか。
そういう、マトモだったり特別だったりする奴が元の俺をどんな目で見るか、俺は知っている。
そして俺はもう自分たちだけの世界の外を見る視界を知ってしまったから、その目を無視することなんて出来ない。しぃに嫌われるだけならまだいいけど、諦めとか、無関心とか、そういうのはやっぱちょっと、キツい。無理よそんなん。過去がどんなだか忘れてしぃとつるんでる俺がそういう奴らのことどんな風に思ってたか知ってるから尚更にこう、ちょっと無理。死ぬかもしらん。なにこれ?考えただけで吐き気と動悸が止まんない。恋?(そういえば俺、童貞になってしまったのだが……?)恋はないにしても、知ってしまった情ってのはどう考えても捨てらんないので、つまりは俺はしぃの前ではちょっとイバラシティを思い出して可愛こぶるし、マトモぶりたいわけだ。……いや190越えた男が可愛こぶってるって考えたらそれはそれで死にそうだけど……
しぃはどうなんだろな。
あいつ、ちょっとは違うけど、そんでも、全然違うって程には違和感なかった……ような気がするけど。
あいつも可愛こぶってんなら、ちょっとウケるし、俺のこと少しはダチとか思ってくれてんだろうか。
可愛こぶってないとしたら、……それなら元々のしぃとそんな変わんねえなって思うし、やっぱ100年くらい留学したしぃって感じだ。
ダチのまんまでいられたらいいなあと思う。
知っちゃったから、戻れないんだよな。情のある世界ってやつ、広いから。
だから、イバラシティ負けねえかな、おれアンジニティってやつに味方しよっかな、って悩みもなく考えちゃってるあたり、イバラの俺とは全然違うもんだなって、改めて考えてやっぱりオエッッてなった。
土管の中で、戦ってるしぃを待ってる間、そんなことをずっと考えていた。
まさか、その瞬間にしぃがうなぎでぬとぬとになってるなんて思いもしないまま。
なんつうか、あれちょっとエロいなってちょっと考えちゃってほんと、めちゃくちゃ、ごめん……しぃ……
いやほら、人間じゃないからなの?ツラがいいじゃん、基本。
俺、お前の知ってる俺とちょっと……衝動の影響強めっつーか……違うから……いやマジでごめん……