【注意】
ギャグなし&モラルハラスメント系の胸糞展開が含まれます。
苦手な方はどうぞ閲覧しないようお願い致します。
08:冠 [カンムリ]
【 Type:E 】
Section-A
ベースキャンプに戻り、伊予島ご所望の王冠を作製して貰った。
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伊予島 「きゃあー♡ 見て見て!どうかしら、似合っているかしら♡」 |
王冠をさっそく頭に載せ、嬉しそうにその場でクルクル回ってみせる。
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雫 「似合う似合う」 |
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伊予島 「ちょっと まぁーた適当な事を言ってるでしょう?」 |
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雫 「言ってない」 |
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伊予島 「ちゃんと見て」 |
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雫 「見てるよ」 |
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雫 「………。」 |
似合って…いる、のか?
そもそも王冠というのはアクセサリーとしてどうなのか。
以前、若い世代のファッションとしてティアラが流行していると聞いた事があったが、今でもそうなのか。
当時、写真でその様子を目にした事があったが、
何ともまあ安っぽく、雫個人としてはあまり好ましいと思える代物ではなかった。
伊予島を見る。
様になっている、とは思う。
正直よく分からない。
ただ、元々伊予島自身が生まれも育ちも悪くはないためか、
王冠という一見不敬とも取れる装飾を身に着けていても、
実際にこうして見た限りでは、そこまで気になる程の印象はない。
違和感がないと言えばないのだろう。
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伊予島 「ちゃんと見てる?」 |
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雫 「見てるよ」 |
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雫 「大丈夫、ちゃんと似合ってる」 |
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伊予島 「ふふ!ありがとう!」 |
とても似合っている。
伊予島
現役セレブサバゲーマー66歳。戦闘大好き♡
最近どうもストレスを感じている気がする。
こういう時は娯楽だ。じゃんけんコミュに行こう。
皆でワイワイ楽しめば、きっと解消する筈。
雫
元裏社会住人の世話役55歳。非戦闘員。
最近どうもストレスを感じている気がする。
こういう時は瞑想だ。クラゲコミュに行こう。
一人で静かに煙草を吸えば、きっと解消する筈。
精神の歪曲。
それはまさしく自分が誘導した結果ではあるのだが。
それでも『急に変わった』という印象は確かにあった。
当然、これまでにも伊予島に対して何かしら歪みを感じる事はあった。
そもそも自分はそれを糸口にして、あの狂気を増幅させたのだから。
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雫 「変化…」 |
伊予島の異能。
もう終わったものだと何となく思い込んでいたのだが。
だが「変化」という認識が、ふとかつての課題を雫に思い出させた。
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雫 「…結局、八重子の異能は"玩具で戦闘が出来る"という事だったのかしら…」 |
複数の見解。バラつく憶測。
どちらとも取れる。何にでも取れる。…『いつも通りの診断』。
『そう珍しくはない』
『似たようなのも今まで見はした』
つまり、これまでに例を見ないようなレアモノ、特筆するような珍しいタイプの異能
ではない。
…という事なのだろうか?
空空漠漠とした推論の中で、辛うじて"これ"だけが、何かヒントになるのではと思えもしたのだが、
それでも手掛かりと呼ぶにはあまりに曖昧で頼りない。
珍しくないもの
似たようなもの
有触れたもの
平凡なもの
普通のもの
緩和はされている これが前提。
伊予島の異能も発動している これも前提。
・・・・・・・・・・
結局、何に緩和が効いていた?
精神感応と似た症状だと萬井は言っていたが、テレパシーといった類の事象は未だ確認出来た試しがない。
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雫 「………」 |
こめかみを押さえる。
最近色々と考える事が多すぎて、どうも脳が疲弊している気がしてならない。
指先で軽くマッサージをしながら言外に愚痴を漏らした。
この件に関してもそうだ。
調査自体はこれまでもずっと行って来た。
だが、こうしてじっくりと考えてみる機会など、これまであまり無かったような気がする。
無理もない。
元々手掛かりなど無いようなものだったのだ。
加えて伊予島自身が、異能の正体よりもその地での観光や娯楽に興味を示していたのだから、
雫にとっても優先順位が下がるのは当然の事だ。
再び思考する。
AA
Cloak Room
各個人が持つ異能
基本異能
スキル
その習得方法
Cross+Rose
ハザマ
ワールドスワップ
どうにも分からない事が多すぎる。
・・・・・・・・・・・・・
だが同時に、有効と思える情報も多すぎるのだ。
材料は揃っているというのに、突き合わせてみれば何もかもが辻褄の合わない
そんな印象。
"緩和"と"比較"。
初めて有効と思える手段と手掛かりを手に入れたからだろうか、
異能について色々と考えるようになったのはここ最近になってからだ。
そもそもこんな風に異能について疑問に思ったり違和感を感じる事もなかった。
感じる事もなかった?
『疑問』や『違和感』がこれまでとの違い?
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雫 「……"疑問や違和感を抱かせない"異能…?」 |
いや待て、と逸る思考を抑える。
だがそれならあの戦闘能力は何だ?あれは異能ではないのか。
そもそも『身体強化』の異能である可能性はどうした?
萬井が言っていた『そうとも取れる』とはどういう事だ?彼が見たという発動箇所とは。
?
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雫 (……何、今の) |
なぜ
今自分は違和感を感じているのだろう。
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雫 「………。」 |
落ち着け。
結論を出すには時期尚早、思考を纏めよう。
慎重に、考え、思い出すのだ。
・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・
これまでの事を思い返せば、何か気付く事があるかもしれない。
どれ程の時間が経過しただろう。
会話を交わしていると時間の感覚が薄れてしまう。
だが、おそらくそんなに掛かってはいない筈だ。
でなくとも伊予島は、難易度で言えば圧倒的に易いタイプなのだ。
…むしろ易過ぎて、逆に奇妙であるとすら感じる程に。
"壊す"という行為は、実は技術としては比較的単純なもので。
材料や条件が揃えば意外と誰にでも出来る事なのだと知ったのは、確か18だったかそれとも19の頃だったか。
これまでに備えて来たのは、何も操作や獲得といった技術・技能だけではない。
精度にムラはあれど、知識や計謀にもまた幾らかの心得はある。
当然、雫には"その技術"があるのだ。
これまでにも必要であればそれを行使して来た。
仕込みは既に出来ている。
"餌"はもう十分に与えた。伊予島はとっくの昔に肥えている。
信頼と呼ばれるリードは、一転して依存という名の首綱に姿を変えたのだ。
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伊予島 「で、でも…あの人は喜んでくれたわ 私を褒めてくれたわ、凄いな、流石だなって…」 |
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雫 「あんたの旦那はとっくに死んでる」 |
縋り付く思いで出された反論にも慈悲はない。一蹴する。
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雫 「もういないんだよ どこにも」 |
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伊予島 「! な、なら、ロールプレイ! ロールプレイなら出来るわ!それなら私も…!」 |
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雫 「頼んでないよね?」 |
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伊予島 「え…」 |
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雫 「それ、あたしは頼んでないよね?」 |
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伊予島 「で、でもみんな喜んでくれたわ?面白いって…」 |
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雫 「昔の話でしょう? 旦那が死んだ今、そいつらとは何の繋がりも残っていないじゃない そもそもハザマに来てからの対戦相手で、それについて何かしら反応を貰えた事が一度でもあった?」 |
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伊予島 「………。」 |
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雫 「どうなの」 |
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伊予島 「…………無い…」 |
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雫 「あたしが"それ"を面白いと言った事は?」 |
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伊予島 「……ない…」 |
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雫 「でしょう?」 |
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雫 「誰も望んじゃいないんだよ、そんな事 あんたのやってる事は全部無駄 自己満足以外の何でもない そこにあんたの価値は無いの 一切 皆無」 |
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伊予島 「………。」 |
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雫 「第一にね、あんたの価値を決めるのはあたしなの 他の誰でもないのよ あたしだけがあんたの価値を決めてあげる事が出来る …そうでしょう?」 |
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伊予島 「……そう……かしら…」 |
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雫 「そうよ」 |
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雫 「何、もしかして疑ってんの?あんたが?あたしを?」 |
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伊予島 「…い、いえ……ごめんなさい…」 |
謝罪の言葉に雫が微笑む。
優しく、慈しむ様に伊予島の頬を撫でた。
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雫 「…それにね、あんたを受け入れてあげられるのも、あたしだけなんだよ あたしだけがあんたの価値を理解してあげる事が出来る 信じてあげる事が出来る あたしだけが。 それにあんたの望みはいつだってあたしが叶えて来たじゃない あたしだけが唯一の味方なのよ」 |
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雫 「そうでしょう?母さん」 |
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伊予島 「………。」 |
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伊予島 「そうね…その通りだわ…」 |
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雫 「あたしは母さんを信じてるわ」 |
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雫 「約束、守ってくれるでしょう? だって母親なんだもの」 |
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伊予島 「ええ… ええ、勿論よ…約束は、守るわ…だって、母親…ですもの…」 |
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雫 「嘘はつかないでね」 |
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伊予島 「嘘はつかないわ…」 |
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雫 「Critical、いっぱい出してくれるんでしょう?」 |
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伊予島 「クリティカル…いっぱい出すわ…」 |
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雫 「それでこそ母さんだわ …さぁ、準備運動はおしまい 沢山かっこいい所を見せてね 期待してる」 |
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伊予島 「ええ…ありがとう」 |
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雫 「ねぇ母さん」 |
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伊予島 「なぁに、雫ちゃん…」 |
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雫 「あたし 無能は要らない」 |
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伊予島 「……大丈夫…」 |
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「 」 |
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伊予島 「大丈夫!」 |
………。
もしタイムマシンがあったなら、
あたしは迷う事無くこの時のあたしを殺しに行くだろう。
もし何でも願いが一つ叶うとしたら、
今でもあたしは喜んでこの時のあたしを殺しに行くだろう。
オカルトに興味はないと誰かが言っていたような気がする。
あれはいつどこで誰が口にしたものだったか。もう覚えていない。
あたしが誰なのか分からないあたしの中に、
これがいつだったのかもう考える事も出来ないあたしの中に、
何かを認識するだけの知性など既に残されていない筈のあたしの中に、
この憎悪だけは、何故か今も鮮明に残されている。