痛い。
身体に走る罅は日毎深さを増し、私に痛みを与えている。

アンジニティと呼ばれた世界に来てからどれくらいが経っただろうか。
本当はここに来る予定など無かったのだが、しょうがない。世界の選択だ。
私は神ではない。「それ」に抵抗する術など持たないし、
出来る事と言えばそれを受け入れるか、その選択に対しなんてことをしてくれたんだと唾を吐く事だけだ。
私は前者を選んだ。今までも、そうしてきたから。
仕方のない事など今まで散々経験してきたし、そう言ったものは大概時間が経てばどうにかなる。
抵抗の出来ぬものに無力な拳や感情を振り翳すのは、虚しくはないですか？
私はそういうの、見ている分には好きですけど。

だから、受け入れようと思った。
いつも通り、何も考えず。


そのつもりだった。私がここに、一人で来たのであれば。





面白可笑しい事に、私には所謂「パートナー」と言えるものが出来ていた。
互いが互いを選んだ。運命だったのかもしれないし、偶然だったのかもしれない。
彼女も人ではなかった。彼女もまた、世界の理から外れてしまった者だった。
だから惹かれあったのかもしれない。





笑顔の眩しいヒト。
最初に会った時、そう思った。
私には眩しすぎた。彼女は何かを為そうと、私の願いを叶えようと私の手を取った。
私に笑いかけ、親しみ、触れ合い、「共に居たい、今も、この先も」と言葉をかけた。




馬鹿だな、と思った。こんな私に構ってしまって、可哀想と。
私はその時、死ぬつもりだったから。
私の望みは、終わりだった。そうとも知らず彼女は私に手を差し伸べた。
だから存分に利用させてもらおうと、そう思って。
けれどそのうち、憐憫にも似た感情の他に何かが芽生えつつある自覚があった。
それが今の自分を支える要素の一つになるとは、
彼女のおかげで自分が今、生を望んでいるとはあの頃の自分には思い及ばなかっただろう。

---

「ふうん」と返事をする彼の表情はどこか興味が無さげで、
かと言って私もそれを嗜める様な気も起こらなかった。いつもの事だ。
けれど、いつもと違って彼は口を開いた。








確かにそうだ。彼女もそれを望み、自分もまたそれを喜んだ。

……けれど、







そう言って、貼り付けた笑みをこちらへ向ける。









「美しくて虚しい、自己犠牲やんね。」









私はその言葉に対して。




何も、言えなかった。

---

私のせいだと思っていた。彼女がもし私と同じ道を選ばず人間になっていたなら、
こうなりはしなかったかもしれないと、思っていた。

彼の言うことは確かだ。私達二人はここへ来てからというもの変化が現れていた。
ここへ来たとき、彼女の身体はチョコレートの様に溶け、決まった形を留めていなかった。
私の身体もまた、伽藍堂の人形の様に固く罅割れてしまった。
化け物の、化け物らしいかたち。
きっとこの変化はこれからも続くだろう。それが良い方向でも、良くない方向であったとしても。


そして私の変化は、少なくとも良くない方向へ進むだろう。


かつての私ならきっと受け入れていた。抵抗の出来ぬものに無力な拳や感情を振り翳すのは虚しいと。
どうせ命を落とすことになろうが、"次"があるのだから。

けれど、彼女はどんな私でも私だと言ってくれた。
それなら。
彼女が私を星と呼ぶなら、私は星になろう。
王子様と呼ぶのなら、そうあり続けよう。
その星がどれだけ罅割れ歪であっても、私は彼女を照らし続けよう。

空虚から生まれたこの身が、空虚に抗い砕ける事になっても。
彼女の愛で満たされ、虚という形がなくなったとしても。
この行為が贖罪であったとしても。
いつかきっと、私達が報われるその日が来るまで。

この戦争に勝てば、少しはその希望が見えてくるはずだ。


私は消えても消えない。時間も寿命も関係ない。
覚悟はある。
なにものでもない私しか出来ない、私だけの役目。

全うしよう。
彼女の行く道に、祝福を。




形のない私の、愛の形だ。

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