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何もない場所が波打つ。波紋が広がる。幾重にも、まるで産声を上げるかのように。
黒に塗りつぶされたような世界。
何かは、波紋を何度も生み出す、まるで呼び掛ける様に。
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____? _________?
「やぁ、気分はどうだい?」
音にすらならない呼び掛けに返答があった。
___? ______?
「こんな辺鄙な場所で生まれるなんてキミも災難だね。何もないねココ」
少年のような姿をした誰かは、広がる波紋に話しかける。
____。__、____?
「ぼく?ん~"今"のぼくは記録者だよ。レコーダーとでも呼んでおくれ」
「あぁ、生まれたばかりだから何もわからないよね。今キミはぼくと"会話"をしてるんだよ」
_。_________?____。
「……ココはキミしかいないんだよ。」
少年は波紋から少し目をそらし答える。少し考えるそぶりを見せると、「あっ」と手を叩いた。
「キミが生まれた記念に、ぼくからささやかな贈り物をしてあげるよ」
___?
そういうと、少年は人差し指を上にあげ、何もない空間に円を描く。
すると、波紋が広がる場所のちょうど真上辺りにぽっかりと"穴"があいた。
「こんな何もない場所だと退屈でしょ?
この穴は、こことは別の世界をランダムで映していくから、色んな場所を見れるよ」
_______、__?
「…そうだね、もしかしたら、ここから覗いているキミを見つけてくれる人がいるかもしれないね」
波紋は、ひと際大きく広がると小さく盛り上がり。一生懸命にその穴を見つめるような仕草をする。
初めて見るものに興奮する子供の様に。赤ん坊が、小さな手を一生懸命に伸ばすように。
「喜んでもらえたかな?って夢中で聞いてないか…」
「…キミの誕生は、果たして良いモノとなるのかな?ねえ、"終末"の名を持つモノよ…」
そんな様子を見ながら、少年は何もない闇へ溶ける様に消えていく。
誰に話しかける呟きでもない言葉とともに。
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22××年×0月2×日
彼ともう何日会っていないだろう。毎日の様に会っていたのに。
研究室にも顔を見せなくなってしまった。聞くと、家から出たという話も聞いていない程、姿を見てない。
明日もう一度会いに行こう…。もしかしたら、戻っているかもしれない。話せるかもしれない。
変わってしまったとしても、彼は将来を約束した仲だ。放っておけるほど、私は薄情ではない筈だ…
22××年×0月2×日
覚悟を決めて、彼の自宅へと行った。呼んでも反応はなく不安になった。
彼の私室へ続く廊下を歩くが、恐ろしいくらいに静かだった。
扉を開けると、そこに彼の姿はなかった。別の部屋にいるのかと思って探し回ったが、どこにもいない。
しかたなくもう一度私室へ戻り、見渡してみる。
つい先ほどまで、そこにいたかのような部屋の様子は異様だった。まるで、神隠しにでもあったのかと思う程に
忽然と消えてしまっている。
机の上には、書きかけの観察日誌や専門書が開かれたまま置かれている。
観察日誌を読むと、日々の経過観測と共に"聴こえてくる声"の内容が書かれていた。読むのを恐怖してしまった。
観測日誌によれば、日を追う毎にブラックホールは大きく肥大化していると書かれている。
周りの空間全てを呑み込み、星すらも呑み込んでいると。
声に関しては、毎日の様に聴こえてくるものではない様だ。
聴こえたとしても、ノイズ交じりの音の様なモノがほとんどらしい。
だが、まれに鮮明に聴こえる日がある様で、彼は観察の傍ら、周期的にそれがある事に気づいたようだ。
鮮明に聴こえるのは決まって"新月の日"であると記されていた。
そして、彼が記したであろう最後の記録には、私の名前と共に
"むかえが きた。 あのこと まってる"
と、書かれていた。
ユクノメ・マテリの手記より抜粋