『To:ママ
From:鈴咲
title:今日の報告
……一瞬、一緒に行動してるカナヤさんとはぐれました。
幸い、火花さんとは一緒だったので完全に一人というわけではありませんでした。
二人で急いでカナヤさんの後を追いかけたら、すぐに追いつけたからよかったけど……。
次からははぐれないように気をつけるので、怒らないでくれたら嬉しい。
それから、この世界での戦い方にも慣れてきました。
多分、帰ってきた頃にはかっこいい姿を見せられると思うから期待しててってパパに伝えておいてください。
……怒られるかもしれないけど』
――――
「……そこのお前。少し止まれ」
鈴咲と詞花がはぐれた仲間と無事に合流したのを見届けたあと、遥嗣はハザマ内をふらりと歩いている青年を呼び止めた。
星の光を溶かした髪に、片目の中に蝶がいる青年――鈴咲と詞花に声をかけたあの青年は、遥嗣の姿を見るときょとんとしてから表情を緩めた。
「あの子たちと一緒にいた人か。あの子たちは無事に仲間と合流できたかな?」
「ああ。お前のおかげでな」
「それならよかった。……それで?君はあの子たちと一緒にいてあげなくていいのかな?」
「何、すぐ戻るから大丈夫だ。……お前から聞きたいことを聞き出せたらな」
青年の言葉に返事をしてから、遥嗣はいつものように煙草を取り出して口にくわえた。
愛用しているジッポライターで火をつければ、味わい慣れた風味が感じられる。
同時に、胸の中の感情がだんだんと平坦になっていくのがはっきりわかる。
白い煙を吐き出してから、遥嗣はゆっくりと口を開いた。
「お前は何者だ?」
遥嗣の声がハザマの空気に溶ける。
きょとんとしている彼をまっすぐ見つめたまま、遥嗣はさらに言葉を重ねた。
「お前は通りすがりだと言っていたが、この空間にいるってことはこの侵略戦争の参加者だろう?お前もさっきそれを認めていた」
「まあ、それはさっきも認めていたけれど」
「となると、お前はイバラシティかアンジニティのどちらかに属していることになる。……それを踏まえてもう一度問いかける。お前は何者だ?」
もう一度、先ほどの言葉を問いかける。
今回は助けてもらったが、彼が敵だった場合、これから先も手を貸してくれるとは限らない。
仲間のふりをして近づいて、油断した頃に騙し討ちをしてくる可能性だって十分に考えられる。
答えによっては、ここで彼を消すのも視野に入れている。
答えを待つ遥嗣をまっすぐ見返しながら、青年は何かを言おうと口を何度か開閉してすぐに閉ざすのを繰り返したのち、にっこり笑顔を浮かべた。
「……そうだね、ストレートに言うなら僕はアンジニティの人間だ」
ぱちん、折りたたみ式のナイフが開かれる音が空気を震わせる。
「おっと。アンジニティってだけで殺気立たないでくれたら嬉しいな。僕は裏切り者なんだから」
「……裏切り者?」
「そう。アンジニティの中には、イバラシティについた人たちもいるんだ。僕もそういう奴の一人」
「……つまり、お前は俺たちの味方だと。その証明は?」
「こうして君に殴りかかっていないことが一番の証明かな」
笑顔を崩すことなく言葉を紡ぐと、青年は自分の胸に手を当てた。
そして遥嗣を見つめたまま、言葉を続ける。
「僕はアンジニティの裏切り者、神喰らいの烟月。またハザマのどこかで会えたら手を貸すことを約束するよ、鬼榴さん」
青年の口から紡がれた名は、遥嗣の目を見開かせるには十分すぎるほどの力を持っていた。