十手小町と黒須御月は小学生の低学年時より面識があり、よく遊んだり……とまでも行かないが
クラス替えまでの一時的な友人のような薄っぺらい縁でもなく、ごくごく当たり前のように過ごしていた仲だった。
御月は控えめで知的なようでいるのにどこか、特に同じくらいの子供達の傍から見れば奇妙な子供だった。
世間ずれしている。 この言葉で表すには相応しくないが狂っているというのもあまりに極端だ。
最初のうちは些細なちょっとした嫌がらせ程度の。 どうとでもないことだったのに
――4年前。 イバラシティのとある学校、御月と……十手小町の運命に大きく影響する出来事は起こってしまった。
ぱりん というつんざくような破壊音をその合図として。
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黒須御月 「ああああああああああああああ!!!!」 |
苦痛の声、
血 血 床と顔と手に鋭利な破片が突き刺さりその光景を広げてゆく。
だというのに程なく周りのがやの音がゆっくりな一瞬のうちに悲鳴をもみ消すのだ。
ざわざわ ざわざわ
席替え、席決めのくじ引き。
クラスの者がこみごみと一か所に集まっているときを狙ったように
花瓶が落ちて割れ、御月の顔はそこにたたきつけられた。
ざっくりと酷い傷……顔を抑え声にならない声をあげる御月はなんとか保健室へと運び込まれた。
一針二針、三針……十針十一針……
幸い目は無事ではあったが額から鼻周りを何針も、何針も縫わねばならなかった。
病院から戻った御月はとあるクラスメイトを指して、犯人だといった。
――誰も信じる者はいなかった。
十手小町は見ていた。 なのに、彼女が意を決してそれを証明しようども同じこと。
せっかちで早とちりがちでどじを踏みがちで素直で抜けている
そんな小町の言葉は親しいおかしな友人の妄想じみた狂言をかばうものでしかない。
大人というものはそう判断するし、子供というものは残酷だ。
以前からそのようなことがあったとて、大ごとになればどちらも不利で面倒くさいから。
彼らはなあなあにする。 それっぽい理由を見つけたり、あるいは真実を疑ったり捻じ曲げたり。
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黒須御月 「もう……いいよ」 |
そんな中、啖呵を切ったのは御月自身だった。
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黒須御月 「どうにも、ならないんだよ…… 見苦しいよ……見苦しいだけだよ、無駄だよ……!!」 |
御月を守ろうと不正を明らかにしようとしていた小町に対し、溜まっていた
重くてじりじりと焼けるような感情はひどく爆発した。
爆発して御月を内側から焼き尽くしてじりじりと溶かし尽くして。
御月がその感情のままに投げたものはひどく
どしりと音をたてた。
小町はなにもいうことができず足がすくんでしまった。
"エリ"
その日を境に御月は学校に来ることはなくなり、御月の母である英里も程なくして倒れた。
十手小町は決意した。 このようなことを見過ごしたくない、起こしたくない。
率先して彼女は人の規律や和を仕切る立場であろうとするようになった。
あれから御月は人を信じなくなった。
ただ生きるために必要な仮面だけを残した冷たい亡骸のように、必要な時以外笑うこともない。
それでも十手小町は変わらず、寧ろ以前よりも御月に積極的に接し続けた。
相良伊橋高校への入学を進めたのも小町であった。
御月の親の経営していた店から比較的近いのもあり、比較的融通の利きそうな校風を掲げているのもあり。
入試に受かり、特進クラスへと行ったものの。 程なくして御月はぱったりとクラスへ顔を出さなくなった。
どうして と小町が問えば御月は残酷なことを口ずさむのだ。
小町は、制服のリボンを黄色に変え、同じように黄色のリボンで髪を留めるようになった。
私は
小町、
十手小町。 それを証明するためだけに……
あの悍ましい人の成れの果てを見た十手小町は足早にその場所を去っていた
ただその亡骸は丁寧に地に下ろし無惨な部分を覆って、手を合わせ……
そのくらいしか今の彼女にはしてやることができなかったが
そうせずにはいられない。 それが十手小町という人だ。
磔にされ苦痛にゆがんだような形相をしていた亡骸は心なしか安らかに横たわっていた。
それを物影でじっと眺める者が一人。
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クロノス 「折角の僕の芸術を台無しにしてくれて」 |
血のついた裁ち鋏をいかにもですと片手に持った人ならざる耳と目をもつその邪悪。
十手小町が去ったあと、彼女が優しく手をさしのべた亡骸を再び冒涜する。
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クロノス 「折角の作品、こんなに醜くされちゃあ堪らない……」 |
クロノス……線の細い成人男性の姿を模った人ならざるもの。
彼こそ……黒須御月の正体。アンジニティへと追放された咎人。
亡骸を素材にして服を作るように、布を足したりなんかもしてそれを縫っていく。
愉快そうに口を歪ませている。
彼は
仕立て屋。 服を作り繕う職人にして芸術家。
そして彼の種族を追害して殺した人間という種族が
大嫌いだ。
悪魔は夜な夜な復讐という名の快楽殺人を行う。
作品を生み出すたび、過去の苦しみがほんのわずかの間薄れる……
この麻薬こそが彼をアンジニティへと誘った。
再び磔にされた"それ"は何も言えもできもしないのに悲痛さを訴えているようだった。
縫い合わされた口は苦痛の声をあげることはかなわない。
突き刺された腕からももう血が流れることもない。
はじめから何の音もなかった。
悪魔が去った後も変わらず磔の"作品"は静かな路地で人を待ち続けることだろう。
明日、悪魔の凶刃にかかるのはイバラシティのものかアンジニティのものか。