ouverture
序詞役
ライオンのぬいぐるみの姿。あなた以外には見えない存在として扱われている。
と、パンフレットとしてあなたのチャットにその情報が通知されていることにさせてほしい。
格好つけて、序曲、なんて言ってみたりしたんだけどさ。
実際は、これから始まるのは、本筋とさして関係のない冗長なものがたりなんだな。
でも、大した長さじゃあない。ちいっとの時間だけの、物語なんだ。いくら長くったって、せいぜい、10分程度捕まえておくのが、いいとこだろう?
こっちだって、忙しいんだからな、うん。
それにおれは序詞役だからさ、メタ的なことも言っちゃうけど、ここ、5000字しかないんだってな!
ははははは!短すぎるぜ!!
まあ、要はさ、そんなちぃっと、ちいぃっとばかしの時間なんだから、付き合ってくれよ。お茶なんかを淹れちゃってさ。
観客のいない劇なんて、存在しないのと同じだろう?
つまりはさ、おれって、きみがいないとなかったことになっちゃうような、どこにも残んなくなっちゃうような、儚い存在なんだな、うん。
ブザー音が鳴り響く。
おおっと!始まっちゃう、始まっちゃう!劇の始まりだぜ、集中しろよ?
そぉら、登場人物のお出ましだぜ!
レオ
白銀の甲冑をまとった、騎士のような姿の男が声をかけるだろう。
誰にって?君にだよ、君に。見てるんだろう?
ほら、何とか言いなよ。じゃないと、勝手に物語は進行しちゃうんだぜ。
レオ
「いきなりごめんね。僕はレオ・ハートコート。君の名前は?……。
そうか、素敵な名前だ。」
あなたが答えても答えなくても、あるいはでたらめな言葉を伝えたとしても、彼はそう言うだろう。
そういう筋書き、セリフなのだ。
レオ・ハートコート
どこかの国の王様だった少年の亡霊。金髪で紫の瞳。被差別民族の妻がいた。病弱。享年20。
と、パンフレットとしてあなたのチャットにその情報が通知されていることにさせてほしい。
レオ
「ちょっとさ、僕さ、どこにたってるんだかわからないんだよね、うん。
と言うのも、僕はあんまりお出かけするほうでもなかったし、正直言って、あんまり土地勘がないんだ。」
ん……。おや。この男、どうにも子供みたいだぜ。顔つきも幼いし。
背丈だって、甲冑でいくらか大きく見えるったって、ずいぶん小さいな。
首なんかは色っちろくって華奢だし、変に弱そうだ。
麦畑のようにざらざら輝いた髪の毛も、女のみたいに細っこくてよ。
それに、女の子のお人形なんか連れていやがる。ほら、こいつの腰かけてる横に、見えるだろう?
すました顔におキレイに化粧してさ、繊細そうな体つきの、お人形がさ。
ぴったりと男の体に寄り添って、さ。
ははははは。騎士っつーか、お姫様だろ!?って言いたくなるぜ、このお坊ちゃん、さ。
レオ
「とりあえず家のあるチナミ区か、ツクナミ区までいけたらいいんだ。
タクシーを使おうにも、どれだけの距離があるかわかんないし、持ち合わせもあまりないからさ。」
見ろ。こいつ、間抜けそうだぜ。
どうやらこいつ、前回の侵略時間、ずっとここに立ち尽くしてたっぽいからな。
お前って、イバラシティの人間か?だとしたら、こいつ、いいカモかもしんねーぜ?
いまのうちにさ、ちょちょいっと、どーよ?やっつけちまえば?
ああ……ふーん、そう……。
レオ
「そっか。思ったより近くだったんだね。ありがとう。それなら、歩いて行ってみるよ。」
本当に、笑い方までお姫様みたいだぜ。花が咲いたみたいな、って感じ。
けっ。おれ、おんなおとこって感じの奴って、なんとなく気に食わねえタチなんだよなぁ、うん。
レオ
「最後にさ、ちょっとした質問に付き合ってくれないかな?
いや、大したことじゃないんだ、うん。ただの、世間話さ。」
聞いてやれば?
本当に、ちょろっとだと思うぜ。だって、どう見たってこいつ、おしゃべりが得意には見えないからな!
…………。でもさ、なんだか、おれ、こういうやつを見てると、参っちゃうんだよな。気が滅入っちゃうんだよ、うん。そう、こういう……なんかおどおどした調子のやつなんかを見てるとね。
自信なさそうに小さくなって、もじもじして、こっちの顔色うかがうみたいにキョロっとおっきい目ん玉をちらちらこっちへ寄越すのが、さ。なんだか具合悪くなっちゃうんだな、うん。
聞くにしても、サクッと聞いて、サクッとここを出ていったほうが、いいよ。ここ、なんか薄暗いし、霧がかかって薄気味悪いし。
おれはさ、実は、君のためを思って言ってるんだぜ。おれのためじゃあなく、さ。
おれ、なんだか、君のことは気に入ってるんだ。本当さ。おれって君のこと何にも知らないけど、君はなんだかいいやつな気がして。
レオ
「君はさ……、もし、危篤状態の一番大切な人の命……これは、恋人でも家族でも友達でもいいんだけど、とにかくそれを、例えば……5万人ほどの命と引き換えに救うことができるボタンがあるとしたら、どうする?」
………………。陰気な質問だな。ううん、不謹慎だ。
ごめんな、聞かなきゃよかった、かもな。
こんな一大事の時に聞くような質問でもないだろ。だって、もしかしたら、本当に君は…………。
レオ
「僕?僕はね、…………。押せなかった。正直、ちょっと事情は違うけど。似たようなものさ。」
少年は、決意のこもった瞳で前だけを見据えている。狂気じみた、恩讐の宿る、赤よりも深く鋭い紫。
氷のような冷たさを感じる唇を震わせて、しゃべっていた。
レオ
「僕はその過去を取り消すために、生きている。たった一つの想いを貫く、その時のためにね。
そういうわけで、誰か人のいるところに行かなくちゃいけなかったんだ。」
少年は、音もなくすっくと立ちあがった。意思を固めたようだ。
空へと伸びる糸杉のように、真っすぐ、ひたむきに立っている。誰かの死を悼む、墓地の糸杉。
起こるはずと信じ、たった一つの奇跡を起こそう。悪夢みたいなこの現実を、この手で変えてみせる。
勇気を出す魔法なんてものはないけれど、勇気は最初から人間に備わっているものなのだから。
オズの魔法使いのライオンは、とっても臆病だったけれど、誰よりも勇敢にだってなることができた。
いつまでもうずくまっていたら、物語は転ばない。動き出して、変わって、変えてゆくんだ。
そしたらもう、僕はもう二度と、君の手を離さない。
レオ
「答えは、また今度聞くことにするよ。連絡手段は結構あるみたいだしさ。
なんせ、次の侵略まで10日もあるんだから。たっぷり余裕はあるだろう?」
麦畑のような、金髪が彼の傾げた頭の動きに合わせて、ざわついている。
レオ
「ああ、ここでの記憶は日常生活には、引き継げないんだっけ。でもさ、少なくとも、今回の侵略はあと一時間近くあるから…………。」
あなたが人並みの臆病さを併せ持つ人間なら、今の彼のほほえみに、肌のざらつくような、背筋がぴりつくような感じを体験するかもしれない。
少年の影は黒く、そしてその下奥深くを探れば、マグマが滾っている。
彼を突き動かす決意の熱が、いつか地獄の熱となって彼を襲うのは明白だが、彼はもはや一人では引き返すことはしない。
今は彼の作り上げた屍が幾千、幾万と重なって、地層となりて、かろうじて彼のことを支えている。
地割れの瞬間は、そう遠くはない。
レオ
「君の答えを、聞いてみたいんだ。
答えを聞くまでは、君のことも殺さないようにしよう。質問をしたからには、きちんと答えを聞かなくちゃ。」
足元にいたはずのあなたの陽気な序詞役は黙りこくっている。
これはもはや……いいや、これはきっと、最初からただのライオンのぬいぐるみだったのだ。
びくともしない、ニコニコと笑顔のライオンのつぶらな瞳は、あなたに何も与えてはくれないだろう。
レオ
「それに、僕は君のことを、結構気に入ってるんだ。ほんとのことさ。
それじゃ、また会おう。」
騎士はまず、あなたの足元のぬいぐるみを拾い上げた。そして、あなたのことをちらりとも見ることはなく、あなたのすぐ横を通り過ぎて行く。人形が騎士の後ろをひょこひょこ不器用そうに歩きながらついていった。
ライオンのぬいぐるみの瞳だけ、未練がましくあなたのことを見つめている。何か言いたげに。
おれさ、おれってさ、あいつの小道具の一つだからさ。君と一緒には行けないんだ。
Good Luck.
君の無事を祈ってるよ。ほんとにほんとなんだぜ。
だからさ、もう二度と、おれたちと鉢合わないといいな。もう二度と、おれたちときみの運命が交わらないことも、祈っておくよ。
けれど、君から連絡があったら、うれしいってこともきっとほんとなんだ。でも、無理強いはしないでおく。
じゃ、さようなら。
アスタラビスタ,ベイビー!
騎士たち一行が視界から消え去ったとき、ブザー音が鳴り響く。
これにて閉演。
そして、あなたの背後から、手を打ち鳴らす音が一度、あなたの耳を震わせるだろう。
後ろに立っているのは、先ほどの騎士。
…………はい!それではこのたびの公演はこれにて終了です!
今回は初演と言うことで本当に緊張したんですが、なんとか無事にね、終わってね、本当に良かったです!
この調子で大千秋楽まで駆け抜けていきたいと思います!
本日はご来場、ご観劇いただきまして、誠にありがとうございました!!!
騎士は、人好きのするような、明るく愛らしい笑みを浮かべて立っている。先ほどの雰囲気を払拭するように。
けれども、彼の腰に携えた剣は本物であって、眼光は鋭く殺気立ってギラついている。
騎士は恭しく腰を折る。人形もまた、ドレスのすそをチョンとつまんでお辞儀をした。
彼は、あなたがここから立ち去るまであなたを見ている。あなたがどこへ向かうのか、あなたが彼のことを視界にとらえられなくなるまで、そこに立っていることだろう。
あなたがなかなか立ち去らなければ、手持無沙汰な左手でライオンのぬいぐるみにあなたに向かって手を振らせるだろう。
ありとあらゆる質問を試みたとしても、大した情報は得られなさそうだ。
これ以上はここに居ても時間の無駄だ。
『No title ouverture』
脚本 レオ・ハートコート
企画 レオ・ハートコート
監督 レオ・ハートコート
製作 レオ・ハートコート
キャスト
レオ・ハートコート
???
and you!
thank you everyone!
パンフレットという名前のチャットの更新は、ここで途切れている。
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