頼れる仲間たち。旅の中で出会った人々。強敵との戦い。
　どれも大切な思い出で、今なお心の中に鮮やかに残るのだろう。アルノーの語り口から、それが感じ取れた。

「ありがとう。面白かった。
　ところで、ポストと言うのは本当にあの手紙を入れるポストなのか？」
「ポストですね」
「……俺もこの前、勇猛果敢に戦う猫又を見たばかりだ。
　自律移動し、魔法を使うポストが存在してもおかしくないということだな」
「そもそも魔界と繋がっていますしね、この大陸は。
　猫又……は、妖怪でしたっけ。僕は見たことがないです。どこで見たのですか？」
「応礁からここまでの旅路で。
　ひょんなことから野盗退治に繰り出すことになって、そこで共闘したんだが」
「へえ、野盗退治……」

　一瞬の沈黙があり、アルノーがばっとこちらを向く。

「野盗退治！？　ええと……兄様、まさか道中で襲われたのですか？」
「いや、俺が襲われたわけじゃない。成り行きでそうなった」
「ご、護衛には止められなかったのですか？」
「護衛と言うか、俺と社員の二人だったしなあ」
「……つまり、護衛も付けずに二人旅でここまで来て、ついでに野盗も倒した、と」

　アルノーは神妙な顔で確認するよう呟いた。

「シーニュ兄様の腕を疑っているわけではないですが、父様が聞いたら卒倒しそうですね……」
「はは、俺も遅れてきた反抗期ってやつかもな。父様には内緒にしておいてくれ。
　……旅と言っても仕事だが、この旅は意外と悪くなかった。
　家出したお前の気持ちが少し分かった気がするよ」

　そう口に出して、思いのほか自分がこの旅を好ましく感じていたことに気づく。
　アルノーは苦笑していた。



　***



「ありがとう。今日は楽しかった」
「こちらこそ。ご馳走になってしまいすみません」
「弟がそんなことを気にするなよ」

　大袈裟に頭を下げるアルノーを諭しつつ、俺たちは店を出た。
　辺りはすっかり暗いが、道に連なる提灯という伝統的な街灯の灯りが平須独特の雰囲気を醸し出している。
　提灯に沿うように、宿に続く大通りまで二人で歩いた。

「次は僕がご馳走できるよう、励みます」
「しっかりな。
　ああ、それとリバーシに居た頃は母様がしょっちゅうお前の心配をしていた。
　近くに行く機会があれば、家に寄るように」
「分かりました。……では兄様、お元気で」
「アルノーもな」

　アルノーは軽く会釈をして、そして少し笑って、歩いていった。

「……コルネイユに話したら、驚くだろうなあ」

　まさか平須で、しかもアルノーと二人で、食事をしたなんて。
　それも含めて、悪くない旅路だったと改めて思う。

　だが。
　脳裏に浮かんだのは"先輩"だ。
　彼女の過失でもあるが、自分にしても騙していたようなものでもある。
　最善手は、すぐに新任の支部長と名乗り出ることだった。それは間違いない。
　それなのに、先輩風を吹かせてあれこれ世話を焼いてくる様がどうにも好ましく思えて、黙ったままついぞここまで来てしまった。

（先輩は怒っているかな。……悲しむようには思えないが）

　好ましく感じた理由は、もう一つある。
　自分がそういうタイプだとは思っていなかったが、対等な関係性というものが、確かに心地よかった。
　先輩と後輩だから、そういう意味では対等ではない。しかしこの旅路では、少なくとも"カルパンティエ家跡継ぎのシーニュ"ではなく、"カルパンティエ商会のただの社員"でいられたのだ。
　コルネイユは上手くやっていたようだが、自分はどうにもそういった関係性を築くのが不得手だった。
　それで困ることもなかったし、必要性を感じたこともなかったのだが。
　溜息を吐く。
　一先ず、宿へと歩を進めた。