「あー、そういや臨時の朝礼があったんでしたっけ」
「いつになくやる気が無いな、客先で怒られでもしたのか」
いいえ、と返事だけはすぐ返ってくるが、机の天板ほぼすべてを贅沢にも枕とした女が続きを紡ぐまでは時間がかかった。
大きめの商談があった後なんかはよくこうしているので、話しかける時には根気が要る。
そういえば、昨日は夜遅めに荷車を返していたと誰かから聞いた。

「間に合わすのに〜、強行軍しまして〜」
ああ、丘の向こうで納期の厳しい仕事でも受けたのか、とチーフは得心する。支部長……おっと、もう前支部長だ……関係の取引先はそのへんの感覚が独特な人がいて、調子よく引き受けてはのたうち回るのが目の前の女だ。新人の頃との差はよだれを垂らしていないことぐらい。

「夜遅かったんですよね、なんかありました？」
そりゃあ見れば分かる。なんかありました、と言われると支部長着任だが、そのぐらいは知ってるだろうから訊かれているのは別のことだ。
「新任の挨拶があったが、特に重要事項の連絡はなし。挨拶は……まあ無難ってとこかな、何か判断できるほどじゃない」
平須受けしそうではあったよ、と付け足したのは、ぼんやり顔でもきっちり目線は向けてきていたからだ。魔王軍と縁談には興味を持たなくても、流石に上司の話は気になるだろう。
「もう外出てます？」
「いいや、午後からのは……」「よっし挨拶してきます」
うわ、急に元気になった。そんな安い感想を脊髄反射だろうが口にするほどチーフは迂闊ではない。本人も気にしていなさそうだったし、いくらでも機会はあると思うのだが。
「まあ、せっかくのやる気に水を差すのも違うか。」

チーフが迂闊だったとするならば、支部長という名詞を省いたことだろうか。この国ではよくやりがちな話し方だが、契約に関わる商人が名詞を省いた会話を癖にしてはいけない。そう教えたのは彼自身のはずであった。