自分は一体何を口走っているのか。

疑問を抱いたところで、口に出した言葉はもうどこにも帰らないのだ。
紫苑の瞳が訝し気に向けられていることに耐えれなくなって、冗談だと誤魔化して逃げ出したくなって、でも耐えた。

「俺、子豚になるのだけは嫌なんです！　恥ずかしいしみっともないしわけわかんないし！ でも今まで人と沢山関わったことなくて、誰にも一緒に旅してなんて言えなくて……そんな中、旅に出てからここまでちゃんと喋ったのが、あなたが初めてで」

何が子豚だふざけてる。情けない事情を出会ったばかりの男性に必死に話している姿がどう映るのかを考えたら、舌を噛み千切りたい気持ちにもなる。
そんな感情を、抑えた。耐えろ耐えろと心の中で唱え続けた。

「クロードさん、一人で旅してるって仰ってましたよね！　それであの、よければって……——お、俺、何でもするので！　家事は得意ですし、魔法も多少は扱えるし、邪魔にはならないようにするので、だからえっと」

困らせているのは分かっている。無理強いするつもりはない。

「お願いします、一緒に旅させてください……！」

つもりはないが、頭を下げた。相手を更に困らせることを承知の上でだ。
これで断られたらもうおしまい。もう誰にもこんな風に“お願い”なんてできる気がしない。覚悟を決めて子豚になる。数か月か何年か何十年かわからないけれど、みっともない姿で生き抜いていくしかないのだと。

しばしの沈黙、静寂の中。胸の音だけが耳障りだった。

それを破ったのは、

「ーーっ、あはははは！」

心からの、おかしくってたまらないって、そんな笑い声。

「いやあ、事実は小説より奇なりとは正にこのことだ。君の師匠がろくでもないこと、そして君が大変に困ってることはよォく分かった。それだけ言う家事の腕は？　戦闘技術はどうだい？　旅は存外にハードだぜ。……ま、これから分かることか」

事態を受け止めきれず呆けている間に、紡がれていく言葉は刻み良く耳を通る。
えとか、あとか。意味のない音が口から漏れていくその間に、手は差し伸べられたのだ。

「改めまして、クロード・シャリエだ。どうぞよろしく」

自分で頼み込んだくせ、本当に頷かれると信じられないという気持ちが溢れるのは勝手だろうか。緊張か高揚か、震えが収まらぬ手で握り返した。

「……よろしく、お願いします」

二人の旅の、始まりだった。