「――っ、……あ、あの、すみません」

　先に本屋を出たはずの少年がなぜか店の前に居て、しかも声を掛けている。
　クロードがまず思ったのは、厄介事にならなきゃいいな、だった。
　彼もそれなりに旅をして、経験を積み、そして心はささくれている。あと、残念ながら生来的に人が好い方ではなかった（本人談）。
　本が入っているであろう袋を心配そうに握りしめながら、少年はクロードを見ている。

「知っているのなら、教えて頂きたいんですが……こ、この街の、宿屋までの道、分かりますか」

　厄介度20％。
　道を聞く振りをした悪巧みとも考えたが、そこまで疑うのは人が悪すぎる。迷子だ、多分。

「分かるよ。迷ったのかい？　この街は初めて？
　宿までの道を教えれば……、……いや、一緒に行こうか」

　道を教えると言いかけた辺りで、縋るような目で見られた気がする。気のせいかもしれない。
　こりゃ相当な方向音痴だな。そう思いながら、クロードは少年の道案内をすることにした。



　***


　少年、もといエミリオとの道中は、意外にも興味深かった。
　エミリオはこの方向音痴で旅人であること（大丈夫かと今後心配になった）、経験を積みなさいと師匠に言われて旅をしていること（この師匠は相当に無責任だなと思った）、立派な、いや世界一の魔術師になることが夢であること（そういうのは面白くて好きだった）、その他諸々。

「君も大変だなァ。いや、若い内に色々と経験積んでおくのは良いことだぜ」

　歳上風を吹かせながらのらくら話すうちに、宿に着いた。エミリオもほっとしている。
　良かった良かった、善いことをした気分だ。きっと明日には俺に良いことがあるな。
　クロードはのんきにそう思っていた。

「頑張れよ、エミリオくん。僕もまた名前を聞くくらい、立派な魔術師になることを期待してるよ」

　そう言って立ち去ろうとしたのに、次の瞬間、彼は自分の耳を疑うことになる。

「――すみません、クロードさん！」

　えらく狼狽していたのだ。振り返り見たその青い目は。

「ここまでご迷惑をかけて更に図々しいとはわかってるんですけど！　俺、早いとこ誰かと旅をしないと師匠にかけられた呪いでやばいことになっちゃって、だからその……あなたがもしお一人で旅をしてるなら一緒に、とか……だめですか！？」
「……何だってェ？」

　事実は小説より奇なり。
　脳裏に過った言葉はそれだった。