道を覚えるのは苦手だ。
かつての家から村までの道も、そこからの帰り道も、覚えるまでに何度育て親に付き添ってもらったことか。
料理のレシピや本の内容はすぐに覚えれるくせに、道だけは全然覚えないのも面白いもんだよなあと言われた回数も数知れずだ。
だからこれまでの旅でも地図は凝視してきたし、道を忘れぬようにとある程度気を張って過ごしていたのだが。

本屋に寄って、文章に目を通したせいだろう。
帰り道を完全に忘れたのは。

「……反対なんだっけ」

とりあえずはこっちな気がすると歩き始めたものの、思っていた景色と異なる風景が見えてきたので引き返して本屋の前。
先ほどと異なる道を歩くかどうかを悩んでいたところ、ちょうど本屋から人が出てくるのが見えた。

“道に迷ったときは誰かに聞くこと”

育て親にそれだけは何度も何度も言い聞かされてきたことを思い出す。
お前の場合忘れたらもう道は出てこないだろうし、悪あがきで適当に歩いても変なところに辿り着くのがオチだと真剣な顔で言われたことを。

今がその尋ね時であろうかと逡巡したとき、出てきた男性の視線がこちらに向けられた。

「――っ、……あ、あの、すみません」

向こうの興味がこちらにある今がチャンスな気がして、思い切りそのままに若干声を震わせながらも近づいてみる。

「こ、この街の、宿屋までの道、分かりますか」

年は３０代前半くらいだろうか、身長は自分よりもずっと高い。ただそんなに厳つくはないし、怖くなさそうな男性。身形から冒険者に見えなくもない、が、住人である可能性ももちろん拭えない。
もし冒険者で一人旅であるのならばとふと考えが及んだが、いやそれよりもまずは帰り道だと思考を切り替える。

「知っているのなら、教えて頂きたいんですが……」

買ったばかりの本が入った袋を、ぎゅうと握りしめた。