リバーシ首都、テネルメント。
　要塞から発展した物々しいこの街に、クロードが訪れるのは久方ぶりであった。

「本屋本屋……っとォ、見っけ」

　以前取得していた国籍の更新もつつがなく終え、彼は街の本屋を訪れていた。
　"おすすめ！　春爛漫レシピ特集"と入り口に設けられた料理本の特設コーナーを暫し眺めて、クロードはのんびりと歩みを進める。
　ガイドブックとそれを眺める男女、エッセイ本を物色する老人、絵本コーナーの子どもと母親――

「おっ」

　クロードの視線の先には紀行文がずらりと並んでいる。そして、その一つを小柄な少年が手に取り、カウンターに持って行った。
　タイトルは『緑萌ゆる楽園にて』。森の国キシェタトルの旅行記で、著者はリシャール・ジュレ――クロードのペンネームの一つ。
　つまり、あの本は彼が書いたものだ。

　副業と言い張るが、彼は紀行文作家だ。リシャール・ジュレ著の紀行文は、有難いことにそこそこ売れる。が、まあやっぱり、目の前で自著が売れるところを見るのは嬉しい。
　これが小説だったら多分飛び上がるほど嬉しかったが、それはそれでこれはこれだ。嬉しいことに違いはない。
　とは言え、声をかける気なんて更々無かった。
　彼はあの本の中で繰り広げられる森の国での旅に想いを馳せている（と思う）のに、こんにちは作者です、なんて言うのは無粋にも程があるだろう。

　クロードはそのまま本の物色を続けた。
　小説コーナーに自著が無いことに肩を落とし、植物図鑑を一つ買い、さて用事は済んだと店を出た時だった。
　あの少年をまた見つけたのは。